魔女見習いと悲しい性
『魔法が使えれば』
今まで何度そう思った事だろうか。
しかし、今程『魔法が使えれば』と思う心を憎んだ事はない。何故なら、俺は、これから始まる『魔法を使えるようになる為の儀式』の生贄となってしまっているからだ。それも、実の妹の手によってである。
事の発端は10分程前に溯る。
妹の名は梨紅。ひとつ下の14歳だ。前髪で目を隠し、いつも修道着のような質素な格好をしているが、断じて宗教家ではない。妹は熱烈なオカルトマニアなのだ。数あるオカルト伝説の中でもとりわけ魔女が好きで、身に着けているのは魔女に憧れて自作したもので、自室(地下室)には大釜まで備え付けてある。普段は地下室に籠っているのだが、珍しく俺の部屋まで来たところから話は始まる。
「お兄ちゃん、お願いがあるん…」
「嫌」
俺は即答した。梨紅が全てを言い終わる前に答えは決まっていた。皆まで言わなくても分かっている。こいつが俺の所に来るときは必ず面倒事か無理難題を持って来る。お願いというのならまず間違いなく面倒事だ。この前大釜をひっくり返したときは掃除の手伝いをさせられたし、その前はイモリの黒焼きを実験として食べさせられた。
そのときだって最初は断ったさ。しかし、この魔女見習いはこちらの弱味を調べ尽くしており、金欠のときは金で釣られ、親父の大事にしていた壺を割ってしまったときは脅迫され、今まで一度も断れた例がなかった。
そして梨紅は案の定、いや、予想を遥かに上回るトラップカードを発動させた。
「梨紅、持ってるんだよね。お兄ちゃんがいくら手を尽くしても手に入らなかった、マニアの間でも幻と言われる超レアなフィギュア『魔女っ娘ねむたん・朱ドレスのレクイエムver.(バージョン)』。いらないなら切り刻んで棄てちゃおっかなぁ」
ちょちょちょっと待て。落ち着け、落ち着くんだ、俺。
『魔女っ娘ねむたん・朱ドレスのレクイエムver.』だと!?
このフィギュアはランダムに一個が当たる箱売りタイプで売り出され、箱自体の希望小売価格は大した値段じゃないが発売直後に回収された為にほとんど市場に出回らなくて、その上造形の評価も高くて価値が一番低いのでも優に5千は超えるってとんでもない代物よ? その中で朱ドレスは一番人気のレア物でマニア間では10万近くもするんだぜ。
朱ドレスだけでもそれほど凄いのに、その遥か高みを行くレクイエムver.の価値は一体…? そもそも俺が調べた結果、レクイエムver.は都市伝説じゃなかったのか? 噂では金色のステッキを持っているのと表情が違うというのがよく言われている特徴だが、どちらも定かでは無い。見た人がいないフィギュア。それ故に幻であり、伝説なのだ。梨紅の言っている事は間違いなく嘘だ。
しかし、しかしだ。
狂おしい程求めた『魔女っ娘ねむたん・朱ドレスのレクイエムver.』の甘美な誘惑が俺を捕えて離さない。もしかしたら手に入るかもしれない。もし手に入るのならたとえ火の中水の中、どんな仕打ちであろうとも甘んじて受け入れられると思えてくる。虎穴に入らずんば虎子を得ずとも言うし…
結果、そのオタクの悲しい性によって現在に至る訳だ。梨紅には、
「レクイエムver.? あんなの存在しないよ」
と見事なまでに騙されて、俺の命は大ピンチ。
「餌はね、釣る為に有るんだよ。タダ程高い物は無いとも言うし。勉強になったね、お兄ちゃん」
はい、大変勉強になりました。って命を取られたら勉強どころじゃないと思います。
あ、待って止めて目隠ししないで…
神様仏様妹様、お願いですから助けてください。
『魔女っ娘ねむたん』は実際には存在しません(笑)
堅苦しい文を書こうとするとどうしても変な文になってしまうようなので、息抜きに書いてみました。
『魔女見習いと(オタクの)悲しい性』だとあまりにもバレバレなので括弧の中身は省きました。
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