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切るに切れず長めになっております。その分次話が短め
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ゴぇもんが目を覚ますと、首から下が埋まっていた。
護符が額に張られている。
首を振り状況を確認すると、落とし穴エリアで何箇所か作動していた。
ごぇもんが埋まっている場所も、その中の一つであった。
「ばんざーい」という掛け声で、両腕を上げると問題なく腕が土から出たので、体を引き摺り出した。その際、股間がとてつもなく痛かったので診ようとしたが腹が邪魔で見えない。ただの道具袋なので外せば問題ないのだが、怖くて躊躇した。
そうだ回復薬を使おうと思ったところで、そう言えば爺さんが凄い重傷だった事を思い出した。回復薬にも限りがあり、基本は子供たちに飲ませているし、爺さんにも必要だろう。そうなるとゲームキャラクターであるゴぇもんが一日で体力が回復する事を考えると無駄遣いにしかならないので、泣く泣く諦めた。
ゴぇもんは気付いていた。蟹股で、さらに腰を低く歩いているにも関わらず、何か太ももにぶつかると。その度に痺れた様な激痛が走るので、とんでもない事なっているぞと。
それでもゴぇもんは自分に気付かないフリをする。
だって泣いちゃうから。
現実逃避の様に、堀を渡った時にちゃんとした門を作らなきゃなと思った。現在囲いの出入り口は頑丈さメインで、横倒しの丸太を縦に積み、石垣と縦に突き刺した丸太をつっかえにして、毎回出入りは下から持ち上げている。その作業が今は憎らしい。
屈もうとすると死ぬほど痛い。ジャンプ、殺す気かと、ゴぇもんは自分の家の前で立ち往生した。日は暮れているが庭に篝火があるので起きているのではないかと思った。門を叩き「頼もう。頼もう」と騒ぎ続けるが、返事はない。
「俺は妖魔じゃない。嘘なんかじゃない。開けろ。大丈夫何もしないから。俺ほど優しい人間はいない。ほれ食いもんも持っているし、薬も持ているぞ。開けてくれたらただで全部やるぞ」と丑三つ時に呪詛のように繰り返す。小屋の中から念仏のようなものが聞こえたが「残念だったな、俺に念仏なんか効かねぇぞ。効かねぇ効かねぇ」と笑い、中の老婆たちに絶望を与えた。あと老婆たちが心配するといけないから親切心で「中の子供どんな事しても起きねぇぞ」と教えると、さらに恐怖が煽られた。
そんなこんなで朝日が昇る。
いい加減精神的に追い詰められた老婆はヤケクソ気味に「『金色の大夜叉』の首を持って来たら信用してやる」と叫ぶと以外にも素直に「その手があったかー」と明るい声が返ってきた。そして「これやる」と囲いの外から投げ入れられた袋を恐る恐る覗くと、滅多にお目に掛かれない様な高級傷薬や兵糧丸が入っていた。
大きな爆発音が聞こえたかと思うと「ウヒョー」と言う声と共に空に舞い上がり、南ではなく西へと流れて行く化けダヌキの姿を目撃した。
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「姥捨て山ナウ」
残念な呟きをしたゴぇもんは『姥捨て山』とは全然違う山にいた。
その山は『仙人山』と呼ばれ標高が高く、非常に珍しい薬草が取れるが、人間を嫌う神や半妖半人の天狗族が棲む人間と隔離された地域だった。空気は澄み渡り、包み込む大樹の枝葉に守られた静謐な雰囲気だが、ゴぇもんには関係ない。
立ち小便をしながらさてどうするかと考えようとするが、血尿だったため「ウギャー」と騒ぎ「俺、無事帰ったら、最強のフンドシ作るんだ」とフラグを立てる。その辺に生えていた薬草を採取し、さて帰るかと火薬を使い空に舞い上がる。
するとゴぇもんの視界に幾筋の黒い煙が入った。実は『金色の大夜叉』の狙いは街の中心から離れた農園部だった。城壁に囲まれた街の中心には手を出さずに、収穫を終えたばかりの納屋を襲う。大切な食料を無視出来ない人間共が城壁から出てきた所を襲い食らう。もし出てこなくても、作物を食い荒らせばよい。
急激に増えてしまった妖魔が共食いで数を減らす前に、戦力として消耗する。
『金色の大夜叉』にとって都合の良いことだらけの計画だった。妹が質の良い人間を独占してしまったのが悔しいので、罰として勝手に先に計画を実行した。
妹もその内戦場に現れるだろうと気楽に考えていた。
二人の姉妹も五十年前は人間をしていた。二人はどこにである様な貧しい農家に生まれた。兄弟は姉妹の他に5人いて、二人は下から一番目と二番目だった。問題は、他の兄弟にあるような特徴が彼女達にはなかったことだった。神の恩恵を授からなかった二人だったが、彼女達の母は優しくしてくれた。だが、父親は違った。彼女の不義を疑ったのだ。実の父親が進んで悪い噂を広め、二人は盗賊の子・詐欺師の子と蔑まれた。姉が十歳、妹が八歳の頃に伝染病が流行り、心労が祟った母や兄弟の中でいつも庇ってくれていた次男が死んだ。何年経っても、事あるごとに父親は「お前が死ねば良かったのに」と二人を殴った。それを真似して他の兄弟も姉妹を殴った。他の村人は守ってはくれず、やがて姉の顔に大きな傷が残り片目を失明した。その頃からか、二人がある欲求に飢えるようになった。『人に愛されたい』と欲求がいつか『人間を食べたい』という欲求へと変わった。一度そう認識してしまうとそれ以外には思えなくなってしまった。不思議と憎ければ憎い相手ほどその欲求は強まり、ある日、暴言を吐いた子供を殺して食べた。生まれてからまともな物を食べさせえてもらえなった二人はその味に取り付かれた。もはや人間のタガが外れ罪悪感などなかった。力が溢れ出し、人間を殺す事など造作もない。やがて彼女達も成長し姉は二十歳を過ぎたが、疫病神扱いに嫁の貰い手などなかった。その頃になると村だけでなく町全体で子供の神隠しが噂されるようになっていた。実際、年々その数は増え、今では毎月一人は居なくなる。村人たちはお前達のせいだと罵声を浴びせるが、実際そうだったので何とも思わなかった。父親はすでに食べ、家は長男が継いでいた。残るは三男だけで長女と次女は嫁に行って子も出来た。性格が悪い長男を疎ましく思い、妹の制止を振り切った姉が殺し食べている最中、三男に見つかった。三男も殺そうと思ったが、初めて殺す事が出来なった。三男は陰ながら彼女達に食事を分けたり、慰めたりしていた。だから、この事を話したら殺すと脅すに留まり、姉は村をひっそりと後にした。三男はそれ以降その事を話す事はなく妹が35歳のとき心労が祟り40歳になる前に死亡した。姉は村を出て山で暮らすようになってからも時折、妹を訪ね人間を食った。その頃には姉は完全に鬼になっており『姥捨て山』を根城に縄張りを持つようになっていたが、人間に扮する術を身に付け、昔迫害した村人を誘惑し食らった。
そして妹の還暦が近づき村から去らなければならない事情を背景として、すでに大抵の人間を圧倒できる力を身につけた二人は鬼の本能のまま人間を全て喰らい尽くそうと決めた。
弱い妖魔は強い妖魔に服従する。言葉に依らなくとも本能によって2つの命令のみを理解する。『召集』と『殺戮』。
『召集』で集まった3000匹以上の下級妖魔を守兵100人規模の関所にぶつけた。隊列などなく、各々が好き勝手暴れ回る。ねずみだろうが猪だろうが関係なく、壁に突撃していく。妖魔たちが現れた頃にはすでに防衛体制は敷かれていたのだろうが、数の暴力でなんとでもなる。飛行妖魔たちが居ればもっと楽なのだが、あいつ等はあたしの管轄じゃないしね、まったく忌々しいと一人愚痴る。
二時間ほど過ぎると、遠距離攻撃でチマチマ攻撃していた人間共も勢いが無くなって来ていた。余り時間を掛け過ぎて関所を突破する前に援軍が到着してもやっかいである。
戦場特有の汗と血の臭いに欲情していた『金色の大夜叉』も我慢の限界で、昔誘惑して食った退魔師が愛用していた大鉈を振りかぶり戦場に突入する。
「jshaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaa」
金色の一際大きい夜叉が突入すると、戦場が一瞬静まり返る。
荒れ狂う金色の長い髪、額には三本の反り返った角、吊り上がった眼球は赤く染まり、皺だらけの顔が喜悦に歪んでいる。汚れた死装束の下にも着物を何枚も羽織、肌蹴た胸元は垂れた青白い乳房が見え隠れして、下腹部は醜く膨れ、病的に細い皺だけの太腿の間に見える陰毛がテカテカと光っている。
『金色の大夜叉』は今まさに人生の絶頂を味わっている。
昔から延々と迫害され、人間の力の下にひれ伏してきた。不遇にあがらえず、泣き叫んでも許しては貰えなった。何も与えられず、全ては奪われ、望む事すら許されなかった。
だが、もう違う。
これからは好きなだけ喰っていい。望むだけ殺して、全て奪って、愛してあげる。
自分自身を。
振り被った大鉈を関所の壁に振り下ろす。壁を抉り通路が見える。二撃三撃四撃、確実に建物を破壊する。建物を揺さぶる衝撃が守兵の足場を崩ずし、効果的な反撃を遮る。
もう泣き虫なんかじゃない。
それは歓喜。
渾身の一撃が決まると、関所が開通し、丘の向こうに田園が広がった。
「さぁ行きなさい。あたしと同じ醜い化け物たち。これは皆、わたしのものよ」
次々と穿った穴から突入する下級妖魔たちが川の氾濫の様に広がって行く。
関所の矢倉にいた守兵たちは何も出来ずただ呆然としている。
どれだけ時間が経ったのか兵士達は分からなかったが、下級妖魔たちは殆ど居なくなり大夜叉がずっと笑い声を上げていた。そこで意を決した隊長があの親玉だけでもと意味を成さなくなった門を開け放ち、一斉突撃を命じた。5列5段に構えた槍部隊が突撃するも一薙ぎで一列全て弾き飛ばされ、後に続く連中も皆同じく弾き飛ばされた。陰陽師部隊5名も必死に術をぶつけるが効果は薄い。弾き飛ばされた兵に巻き込まれ、発動もままならない。指揮官自ら夜叉を囲み何とか痛撃を与えようと奮闘している。
刀剣部隊50名はその殆どが、下級妖魔との乱戦へと移行していた。こちらは基本三人一組で連携し上手く立ち回っている。
分散した10人の補助部隊が戦地を駆けずり回り、薬や術で傷を癒す。だが、戦い続けている兵士達の疲労は限界に達しようしていて、傷の多い兵が目立ってきた。
大夜叉は遊んでいるのだろう。愉快な顔をして人間を嬲り続ける。殺せるチャンスも態と急所を外し、兵士の悲鳴を満喫している。
「くそっ。今度は何だべっ」兵士が空を見上げ叫ぶ。
上空に嗤う黒い化け物がいた。そして上空から無差別に何かが大量に投げる。その最初の一つが地面にぶつかると爆発した。爆発はそこら中から聞こえる。「退避」と命令に一斉に各自散らばる。
辺り一帯が土煙に包まれ、一時の静寂が訪れる。
その時ものすごい風きり音が聞こえたかと思うと、『金色の大夜叉』が宙を舞い、小高い丘にある物見矢倉に派手な音を立てて激突した。土煙が一瞬で晴れた後には、大きなキセルを両手で振り切った姿勢のタヌキらしき妖魔。大きな金玉袋が人間味を失くしていた。
~炸裂忍弾~
忍術【気力消費 20 体力消費 20 ×個数】
効果:中級火ダメージ
材料:火薬
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~大義賊の形見分け~
暗器 棒【威力最上級 頭部防具 中級】
太閤に逆らい釜茹での刑処された盗賊のキセル
効果:道具圧縮1/3収納 忍術効果5%上昇
忍具改造【改造時 気力消費 全て】
効果:忍術補助
材料:神石+仙人石+女郎蜘蛛の血
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勿論ゴぇもんの無差別攻撃で死んだ人間の兵士はいない。技術値(命中補正)2600は伊達ではない。だが、兵士達にはそんな事情は露知らず、あの無差別攻撃で何人か死んでいると思っている。ドヤ顔で見回すゴぇもんに、人間達は己の仲間毎敵を殺す残虐性に震え上がった。
歓声待ちのゴぇもんが悦に浸る間もなく、大夜叉が襲い掛かる。
肌蹴た鬼ババァが両手を広げ襲い掛かってくる姿に「こんなモテ期はぶっ潰してやる」と果敢に迎え立つ。身長差は約二倍、得物の長さはほぼ互角。大鉈の一撃を余裕でかわすも無理な体勢で打ったキセルが受け止められる。
肌蹴鬼婆vsフルチンダヌキ
鍔迫り合いは拮抗。股間の痛みはハイで忘れられる程度には和らいでいた。
「化けダヌキ風情があたしの邪魔をするな」とゴぇもんを睨む。「人間と、妖魔の、区別も付かないのかい」
「俺は人間だ」
「人間に化けるなら服くらい着るもんさ。そんな薄汚れた醜いお前なんて誰も人間だとは思っちゃくれないよ」
「それでも人間なんだ」
「それでも人間はお前を絶対人間扱いしない、馬鹿にされて村に入れてくれないよ。いい子だからあたしと一緒に楽しみましょう」
「いっ嫌だ、無理、人間を捨てたくない」
「人間に憧れているんだね。人間なんて妖魔より醜かったりするんだよ。妖魔だったらどんな姿をしていても強ければ良い。ほらあたしをもっと観なさい。誰もが私に注目する。人間よりもずっと良いでしょう」
「無理っす」
ゴぇもんは慌てて距離を置く。
「なぜ目を反らすんだい。そうだ。あたしもお前を見習って人が着るような服なんて捨てちまおう。だってあたしは人を食らう鬼なんだ、人間に生まれてはいけなかったんだ、化け物が人の真似しようとするなんて勿体無い」
そう言って羽織を脱いだ。皺だけだが太い上半身が露わになる。
「あいつらは自分と違う存在が許せない。だから集団で暴力を振るう事に罪悪感など感じない。だってあいつらそれが正しいと思って露ほども疑っちゃいない。人の心が一番醜いさね。そんなもの捨て去ってた方が良いんだよ」
ゴぇもんは必死に大夜叉の姿を視界に入れない。
「ほら、あたしを観なさい。人間の心を殺ぎ落としたこの美しいあたしを。こっちを向きなさい。ほら、お前は妖魔なんだろう、この美しさが解かるだろ、だからあたしを見なさい。早く、何やってるんだい、こっち見なさい、見なさい、見なさい、見ろ、あたしを見ろ、見ろ」
ゴぇもんは己の身体能力を掛け、見ない。
「見ろ、見て、見て、何であたしを無視するの、こっち見て、見なさい、何で妖魔まであたしを無視するの、なんであたしばっかり誰もちゃんと見てくれないの、見て、あたしを見て、殺す、見て、見なきゃ殺す、見てくれないと殺す、もう良い殺す、殺して喰らう、殺そうとすれば本当のあたしを見てくれる、だから殺す」
「――鬱せー」
ゴぇもんがキセルを大夜叉に叩き付ける。
「えーとつまり、よく分かんねぇけど、うるせー、人を喰ってる時点アウトじゃボケー」
とりあえず身の危険を感じたのでボコボコした。
倒れ伏した鬼婆の息は絶え絶えで、傍らに仁王立ちした息の荒いゴぇもん。
脱ぎ捨てられた着物だけが妙に艶かしい。
「おい牛頭馬頭、出番だ連れてけ」
するとゴぇもんの体にある刺青が黒い霧状になり、中から地獄番卒が現れ、その後から中間管理職みたいなハゲ・デブ・チビの丸眼鏡を掛けたイケメンが現れた。ただそのイケメンの発する暴力の匂いは弱い妖魔なら逃げ狂う程、他者を威圧する。
「よう、ゴぇもん、・・・何で裸なんだ」
「なんだ閻魔のおっさんか。持っていた防具とか全部、拾った餓鬼共、んっ子供に全部やっちまったから羽織るもんねぇんだよ。でもほら、下は履いてるぜ」
腹で隠れていた下腹部を上げると、そこには天狗のお面が。
「・・・意味を成さないんじゃ、なんでそんな選択をした」
「おぅ、残りモンの中でこれが一番しっくり来てな、この長い鼻所が空洞で――」
「――否、もう説明は良い。分かった。共感は出来ないが言っている事は理解した」
「フィット感が堪らない」
「皆まで言うなって言っているだろうがっ。まぁ良い、それで今回捕まえた鬼は、ほぅ、三本角か、落ちるとこまで落ちたな、人間だけだったら千人は喰らわないとなれないがこいつ中をじっくり調べて見よう」
「引き続き頼むぞ」と閻魔が大げさに拝み、踵を返す。その横を大夜叉が牛頭馬頭に引きずられて行く。ゴぇもんは「おい」呼び止め、落ちていた着物を拾う。幾つも重なった不揃いな十二単、その中で一番内側の比較的綺麗な着物を女に投げる。
ゴぇもんが転生者に選ばれた最後の理由。
ゴぇもんは基本、善良だった。
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次話で終章