1-4
1-4
△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼
あっと言う間に2ヶ月、季節は秋が終わろうとしている。
フルチン男がくしゃみをする。
ごぇもんは本気を出し過ぎて、辺り一帯は要塞と化していた。
まず、丸太小屋と御神体を囲むように幅3m深さ3mの堀を作り、近くの小川を繋げた。掘った土はそのまま小屋側の周囲に盛り、石垣で囲む。さらにその上に罠『鉄条網』を設置した。手持ち材料の有刺鉄線は全部なくなってしまった。
始めは使役する小鬼たちに手伝わそうと呼んでみたがなぜか現れず、気力消費が高いが土系妖術が使える土鬼を呼んだら、黒い闇から現れてそのまま眠ってしまった。叩こうにも起きず、しょうがないから他の小鬼の火鬼、水鬼、木鬼、金鬼、風鬼、陰形鬼を順々に呼んだら全部寝た。『五レンジャー』『チデ鹿』『大仏』の着ぐるみを着せて、少年達と一緒に放り込んだ。
その日は、気力がガリガリに削られたので、男もそこに突っ込んで寝た。
体がチクチクしてうなされた。
次の日、スコップなんてないし作成する材料もないので、普通に罠作成『落とし穴』と併用して『斬馬刀』や素手で一人で頑張った。
~鉄条網~ 成功率技術値相対準拠
罠【気力消費 500 体力消費 500 】
小ダメージ 稀に麻痺効果
有刺鉄線で出来た輪状の網
妖魔の行動範囲を限定できる
材料:有刺鉄線
~~~~~~~~~
~落とし穴~ 成功率技術値相対準拠
罠【気力消費 100 体力消費 100 再詠唱 120秒後】
小ダメージ 稀に麻痺効果
穴に嵌まり一定時間移動できなくなる
※飛行妖魔には効果なし
~~~~~~~~~
堀の外側にもどんどん落とし穴を設置する。こちらは落ちたら出てこられないくらい深い大穴だ。丸太小屋作成時に使わなかった枝を使い穴を塞ぐ。
人間が見たら丸分かりだが、妖魔対策だから問題ない。人間が落ちたとしても死ぬ可能性は少ないはずだ。念のため『見習い地蔵』を作成、目印に置く。
~見習い地蔵~
遊学【気力消費 10 体力消費 10 】
若い彫刻師が彫る像
効果:幸運微々上昇 庶民に人気
材料:石材
~~~~~~~~~
遮蔽物がないせいで、地蔵の位置は分かり易いが、落とし穴は逆に分かり辛い。男は自分で落ちて気付いた。
分かり易いように、石畳の道にしようかと考えるが材料に不安があるので、砕いた石を巻く。ランダムに穴を掘りまくったので、道は曲がりくねっている。男が通る時は、基本直線的にジャンプしているので道本来の意味はない。
なぜか地獄に返還されない小鬼たちが、いつか手伝ってくれるんじゃないかとずっと期待して態と作業を増やしたりもしたが、完成した。基本、男が帰ってくるまでの時間稼ぎを主目的としてあるため、殺傷力がある罠は少しかない。
これで漸く、男の活動範囲が広がった。
次は食事の問題に取り掛かる。とりあえず、男も少年達も兵糧丸など回復アイテムを与えておけば死なない。事実死んでない。回復させるくらいなのだから、栄養は申し分ない。
「だが」と男は頭を振る。「こんなんで食った気になかーーーーー」と叫びながら、森に突入した。
獲物を探す。だがいない。獲物探す。だがいない。薬草発見。採取。獲物を探す。薬草発見。採取。一旦、帰宅異常の確認。なし。獲物を探す。だがいない。夜になる。一旦帰る。帰宅異常の確認。なし。薬草発見。採取。獲物を探す。だがいない。ちょっと泣く。獲物を探す。虫を発見。無理。獲物を探す。だがいない。朝になる。一旦帰る。帰宅異常の確認。なし。少年たちに飯。岩にお祈り。獲物を探す。だがいない。薬草発見。採取。薬草発見。採取。獲物を探す。だがいない。一旦帰る。帰宅異常の確認。なし。獲物を探す。だがいない。獲物を探す。だがいない。妖魔を探す。妖魔を探す。妖魔を探す。発見(幻覚)。『百鬼夜行』発動。気絶。24時間経過。復活。焦土を確認。子供を拾う。一旦帰る。帰宅異常の確認。なし。子供を小屋に放る。
以後似たようなループ。
結果、男の縄張りが広がった。子供が増えたので増築した。山が所々禿げた。
山二つ分南の方の麓に町がある。時折、夜遅く不気味な声が聞こえる。背筋が凍り強烈な嫌悪感を喚起させる喜悦交じりの金切り声、怒声、悲鳴と、生存本能を刺激するような不吉な咆哮が混ざり合い、町人たちに恐怖を強いた。
阿鼻叫喚が上がると決まって山の奥が赤々と染まり、動物はおろか妖魔まで逃げているのが目撃されていた。
△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼
その日は、とても風の強い日で、毎年台風でテンションの上がるゴぇもんは調子に乗って『ムササビの術』を使い、上昇気流にぐるぐる巻き上げられながら「ウヒャーサイコー」と絶叫しながら、凧は南の山二つ向こうに飛ばされた。
~ムササビの術~
忍術【気力消費 3/毎秒 体力消費 3/毎秒 】
風呂敷や凧を使って火薬や陰陽術の爆風で舞い上がり、一定時間滞空する
遠距離攻撃可
~~~~~~~~~~
そして老人4人に捕獲された。
「お主がこの山の主かの」
つるっ禿げに虎耳の老人がゴぇもんにそう問うた。肉球はない。ここは山の山頂付近で、植物が少なく石が多い寂れた場所だった。決して老人が無装備でいていい場所ではない。良く見ると動物らしき白骨が所々に落ちている。
「ワシらを食べてけろ」
羊毛でふわふわ頭の老婆が胸元を開帳しながら、迷いなくそう言った。
「はぁっ」男は反応が遅れる。心なしか後ずさる。だが、他の老人たちも同じく「食べてけろ、食べてけろ」と恐怖心を隠すように一心不乱にゴぇもんに近づく。
「これ程虚しいモテ期があって良いのだろうか」ゴぇもんは己の人生を呪った。迷い無く「老人は食わん」、これでもかとはっきりと答えた。
「後生な、一思いに食ってけろ」
「せめて40年前に来てくれ」
それでも諦めない老人達は肌をさらし、鬼気迫る勢いで懇願する。
「食ってけろ(食用的な意味で)」
「だから食わん(性的な意味で)」
「若くないと駄目なんかぇ」
「ああ、ある程度な」
「別に食ってしまえば一緒じゃろ」
「いや人生が変わる」
「ワシらも早う人生を変えたいんじゃ」
「嫌だ。無理。知らん」
老人達がゴぇもんにグイグイ迫る。ゴぇもんも異世界に来てから超人的な力を得てしまっているために、乱暴に扱うことも出来ず、されるがままだ。
その時、唯一大人しかった何の特徴も無い老婆が「お主の縄張りはどこか」と質問した。他の老人達が不思議に思っていることに気付かず北の方角を指差しながら「向こうの山に拾った子供と住んでいる」と正直に答えた。
今度は「すぐにそこに連れてけ」と騒ぎ始めた。「家に帰れよ」と言うと「何じゃ知らんのか。ここは姥捨て山と呼ばれていてな、つまりワシらは自らを捨てたんじゃ」と軽く答えた。不思議と悲壮感は皆無で、飄々としている。
聞けば代々老人達が食料事情のためこの姥捨て山に捨てられてきた。限られた土地の中で、食料生産は限られてしまう。秋の収穫が終わると大体何人が生きられるはっきりと数字で出てしまう。子孫を残すためにまず子供、そして労働力のある中年。貧しい農民にとって、労力が衰えた老人が犠牲になるのは文化になっていた。基本は誰かが還暦を迎えるとその夫婦兄弟姉妹友達など連れ立って、不作が続くと初老で命を絶つ者もいる。
潔い死に様は、または引き際は、人々に賞賛され、次生の世は幸福になると云われる。
淡々と語るその様にゴぇもんは衝撃を受けた。何処かゲーム感覚が抜け切らないゴぇもんにとって、さらに一度死んだ身の上にとって、死になんとなく冷めていた感情を持っていた。だがどうだろう、この老人達の清清しい死に様は。役割を終え死んで逝くのではなく、その死すら残された人々のための役割となっている。
「じゃぁ、死ぬって言うなら、俺がその命もらっちゃってもいいんだよな」
ゴぇもんはこの老人達を死なせたくなかった。
「あぁ子供たちに会わせてくれたら構わん。いつでも食ってくれ」
老人達の目に精気が宿り鋭くなっている。代表して返事を返した爺さんに、思わず惚れてしまいそうになったゴぇもんは自分自身に引いた。因みにゴぇもんは31歳で童貞の右手の魔術師だったが、格上のクラスチェンジはしたくなかった。
老人達に「どこでもいいから掴まれ」と言うと腹から取り出した『転身の巻物』を口に銜えた。
~転身の術~
忍術【気力消費 100 体力消費 100 】
印を付けた場所へ転移出来る
~~~~~~~~~~
二人の老婆が胸を当てるくらい両腕をしっかりと組んだことにしかも右の牛角生えた老婆が巨乳だった事実に動揺しながら、一向は丸太小屋の庭へ転移した。肩を掴んでいたあの冷静だった老婆が少しふらつく。聞くと「酔った」とだけ答えた。両腕の老婆は離してくれない。
爺さんが御神体の岩に気付くとすぐに祈りを捧げた。
いつもの様に岩が光る。
すると苦痛が聞こえ、ゴぇもんは「またこのパターンか」とげんなりした。老人の寝たきりは流石に不安過ぎる。幸いと言っていいのか、さっきの冷静な老婆一人のみ二周りくらい巨大化していた。ごぇもんは他の3人にその兆候がない事に一安心する。
一息ついて、冷静に老婆が巨大化するのを待った。
待つべきではなかった。
老婆の額に二本の角が生え、その目は充血し、涎が垂れんばかりに大きく開いた口内は肉を容易に引き裂くように鋭利で、舌が割れている。大きくなった体に耐え切れず着物が肌蹴け、死人様な青白い骨ばった胸元が見える。
苦痛とも哄笑とも取れる呻き声を上げながら、唐突に御神体の方へ向かい、爺さんを弾き飛ばし、御神体の岩を叩き割った。
「ファァアアッック、まじファック、お前、まじお前、その岩光るんだぞ、超気に入ってんだぞ」
ゴぇもんがどうでも良い理由で切れた。
弾き飛ばされた爺さんは、空中で体勢を変え壁を蹴り、空中回転しながら戻ってきた。その傍らには老婆が二人油断なく構えを取って、妖魔に対峙している。
「お主、『夜叉』じゃったのか。まったく耄碌したもんじゃ。ワシんとこの坊主や村子供たちがいなくなったのはお主の腹ん中と考えるべきじゃな。折角の機会じゃ、お主の屍でも孫の冥土の土産に持って逝くかの」
その言葉と同時に二人の老婆が術を発動させる。巨乳の方が爺さんに回復の術を掛け、そうじゃない方は身体強化の術を掛けている。見る見る爺さんの筋肉がでかくなり、耐え切れなくなった着物が破裂するように散った。
鬼ババァvs肉ジジィ
「jshaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaa」と同時に叫びながら互いの肉体をぶつける。両者の力は拮抗、鬼ババァは鋭くなった爪で、肉ジジィは拳で、互いに一歩も譲らず命を奪おうと争う。爪が肉を抉り鮮血するが構わず腰の入った拳を顔面に叩き込むのを構わず爪が腹部を切り裂く構わず切り裂かれた方角に逆らわず回転し上段から肩口に蹴りを入れる。思わず踏鞴を踏んだ鬼ババァに『五段蹴り』を発動するも、鬼ババァも『鬼裂き』をカウンターに当てる。
鬼ババァが顎をカチ上げられそのまま後ろに倒れるが、爺さんの右膝下が千切れた。
構わず、左足の力だけで鬼ババァの上に跳躍し『鬼殺し』を発動、巨大な拳に鬼ババァが身を捩るが左肩を粉砕、直後爺さんが喀血するも残りの精力を拳に込め殴り続ける。
だが、力なく、鬼ババァの横薙ぎで吹き飛ばされた。
~三段蹴り~
格闘術【体力消費 200 再詠唱 10秒】
中級空手技 空中で五回連続蹴り
他技とのコンビネーション難易度中
~~~~~~~~~
~鬼裂き~
妖術
鬼特殊技能 己の身体能力を駆使した切り裂き
~~~~~~~~~
~鬼殺し~
格闘術【体力消費 1000 再詠唱 320秒】
特殊技能 破邪の気を拳に纏わせた一撃必殺
他技とのコンビネーション難易度不可
~~~~~~~~~
地面に叩き付けられようとしていた爺さんを二人の老婆がその身で庇う。巨乳老婆が治癒術を開始するのを無視しながらもまだ立とうする。筋肉は萎み、骨が浮きだった裸体の到る所から出血し死に体だが、その口元には笑みが張り付いている。
左肩を押さえ満身創痍の鬼ババァはその笑みに当てられ、果たして自分は勝てるのだろうかと動揺する。明らかに目の前の老人は死に掛けている。止めを刺すのは容易のはずだ。近づいて首を捻ればそれで終わる。だが、このまま放っておいても勝手に死ぬだろう。そんな消極策をとらせる程、老人の気迫が勝る。
夜叉の当初の目論見は、他の人間よりも格が高いこの老人達を食す事で、その為に姥捨て山を縄張りにしている姉にも協力を頼んだ。この狸の様な妖魔が人間の子供を飼っていると思って付いてきてみれば、他の妖魔たちと嬲り殺しにするはずが夜叉も相当な傷を負ってしまった。
「おい、そこの化けダヌキ。爺さん達を殺しな。独り占めしようって、馬鹿な考え、起こすんじゃないよ。ぐぅっ、あた、しの、姉さんが近くがいるんだ。ほらあたし達が、ぐっ、お前を見つけた、姥捨て山。姉貴は私の、何倍も強くって、あんたもこの辺を縄張りにしてんなら見たことあったりすだろう。『金色の大夜叉』だよ。あんたも事を、構えたくない、だ、ろ」
「お岩さーーーん、返事を光らせてくれ、頼む、誰かー、接着剤持ってませんかー、そうだ炊いた米を糊の代わりに――」
「――化けダヌキ」
「あんっ、ワシ事か。てめぇ、よくもワシのお気にを壊しくさってくれたな、おい。お天道様が泣いて懇願しても、てめぇだけは許さねぇ」
ゴぇもんは興奮すると古風になる。
「これ、防御結界石、さ。下級妖魔ぐらい、にしか効果は、ない、それでも居心地悪い、あたしの変化も、解けちまったしさ」
「何、そんな便利岩だったのかぃ」
「あんた本当に妖魔かい、鈍い愚図だね」
「さっきから何言ってやがる。わしぁ、人間でぇ。どうかしてるぜ」
「いい加減黙れ。あんたから少し妖力感じるし、人間に化けたいなら服を着なさい。これだから、下級妖魔は馬鹿なんだ、いいからさっさとおしぃっ」
夜叉は痛みで己の矛盾に気付かない。ゴぇもんがなぜ高度な転移術を使えたのか、なぜ下級妖魔が防御結界の中で無事なのか、なぜ中級妖魔の自分が焦っているのか、なぜ引きずられているのか。
夜叉が左肩の痛み、絶叫する。気付くと馬面と牛面の鬼が両脇を拘束している。
「なんだいあんた達、お止め。あたしに手を出したらただじゃすまないよ。ほら、お前たちを姉さんに紹介してやるよ。それにほら、最近配下の妖魔が急激に増えたんだ。ここらでいっちょ人間達の街を襲ってみるかって話でさ、あんたたちも一緒にどうだい。殺し放題食い放題だよ」
牛頭馬頭が答えない代わりにゴぇもんが答える。
「オメェは地獄で苦しみ放題だ。ご一緒は遠慮しとく」
黒闇が収束し、濃い暴力の気配がさった。
「悪は滅んだ」
「せぇやぁ」
掛け声と共に股間に衝撃が迸り、ゴぇもんは目を回して倒れた。
△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼




