#繋間
誰もいないバス停の下、朝一番に見知らぬ少女に怒鳴られるとは、一体どういった不仕合わせだろう。
はぁ、とため息をつきたくなるのを抑えて、秋也は少女に向き直った。
「で、なんです。藪から棒に。いくら初対面の人だからって、急に怒鳴っちゃだめですよ。」
「わかってるわよ、それくらい。」
優しくたしなめたつもりが、どうやらお気に召さなかったらしい。
少女はプイ。と、そっぽを向いてしまった。
だが、しばらくの間が開いてから口を付いた台詞は、反撃の言葉では無かった。
「それぐらいしなきゃ、誰も振り向いてくれないと思ったんですもの。私は子供だし、バスに乗る…お金も…なかったから。」
最後は泣きそうな声だった。
「…誰かに、気付いてほしかったの…。私はここだよって。」
嗚咽をこらえるように震える肩が痛々しい。
いくら理不尽な出会い方をしてしまったとはいえ、心の余裕がない彼女には辛い接し方だったのだろう。
「兎に角、そのままでは風邪を引きます。」
「え……。」
「少し離れですが、話ならうちで聞きましょう。どのみちそのままでは風邪を引きます。」
濡れた服を指差すと、彼女は壊れそうなくらい驚いた顔で見つめてきた。
それから、涙と笑顔の混じったくしゃくしゃの笑顔でお礼を言った。
「ーーーーーー…。」
ーー…雨は、止まない。
寧ろ、雨足を強めるばかり。
それはまるで、彼女の憂いを映すが如く。
僕らは歩いている。
バス停を離れ、家へ向かう途中だ。
時折傘から零れる雨露。
階段を上がる靴音。
濃密な紫陽花の並木を、彼女のペースに合わせてゆったりと歩く。
山道に不馴れであろう彼女が転ばぬように。
「ところで君は何者なんです?」
そう、傘を傾けながら秋也は問う。
「私?辻木素子だよ。北中里中学校二年生。」
辻木と名乗る少女は、にこっと笑ってピースサインをして見せた。
「北中里?隣町じゃないですか。なんでまたこんなところに?」
「さぁ、わかんない。私、多分、誘拐されたから。」
さらりと物騒なこといってくれる。
て、いうか多分ってなんだ。
多分って。
はぁ。と、ため息をつく。
傘を素子の方に傾けてやると、素子はカラカラと笑った。
「大丈夫だよ、オニーサン。私もう濡れ鼠みたいになってるもん。」
「そういう訳にも…。あぁ。僕は、雨原秋也です。この神社を継ぐ嫡男らしいです。よろしくお願いしますね。」
「嫡男?らしい?なんだかよく分からないけどすごいのね。よろしく、秋也。」
「ところで誘拐とはー…。」
問いかけようとしたところで素子は歓声を上げて質問を遮った。
「わぁーっ、すごいっ。秋也っ、鶏がいる!!秋也の家はあっち?」
濡れるのも構わずはしゃぎながら社務所の方へ駆けていく素子。
話を区切られてしまった秋也は、タイミングを逸して素子を見送ることになった。
そうだ、目の前にいる女の子は遊びたい盛りの中学生なのだ。
状況が状況でも、それに変わりないのかもしれない。
もしくは、単純に理由を知られたくなかったか。
「素子さん、そちらは社務所です。奥に行ったら本殿ですよ。僕の家はこちらです。」
苦笑いを浮かべながら手招きをすると、素子は恥ずかしそうにしながらこちらに駆けてきた。
「ごめんなさいっ。あんなに沢山の鶏が放し飼いになっているのは、初めて見たの。」
「まぁ、うちの社は鶏が象徴ですからね。」
「そうなんだっ。秋也はいろいろ知っていてすごいねっ。」
一体何が、どうすごいんだか…。
クスリと笑み、僕らは母屋へ向かった。