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#Bio Cord  作者: 青葉
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#逢瀬

夏は嫌いだ。

虫が多い。

人は何故大人になるにつれて昆虫の存在をおぞましく思うのだろうか。


それは彼らに飛翔能力があるからか、はたまた異形な姿形に嫌悪感を見いだしてしまうせいなのか。

確か、そんな虫が題材の映画があったような気がする。


そう。

彼らには無限の可能性がある。

何故なら彼らは、進化の最先端から二番目に近い存在なのだから。




***





雨原秋也は考えていた。

しとしとと糸蜘蛛のような雨粒と、裂けた雨どいから時折したたる無粋な音を交互に見聞きしながら。



「やはり、梅雨前に直しておくべきでしたか。」



腕組をしながらふぅむと唸る。

雨どいを見るために身を乗り出しすぎた黒髪に雨粒が滴たり、ゆうるりと落ちていく。

とても齢、17歳とは思えぬ落ち着きを払う彼は、無論、ただの高校生である。

別に仙人様だとかそんな類いではないのだ。

山奥暮らしには変わりはないのだけれど。



「さて、と。」



手早く身支度を済ませ、そとに出る。

いくら衣替え前といえど、ワイシャツに学蘭の姿はいささか冷える。

ぶるりと体を震わせると、不意に枝についたカタツムリと目があった。



雨は一向に止む気配はない。

依然として、しめやかに雨粒をこぼすばかりだ。



「あぁ、今日も傘が必要ですね。」



一人ぼやき、散在している傘立てから、透明のビニル傘を取り出した。

昔は唐笠を愛用していたのだが、いかんせん、目立って不良どもに目をつけられたのでやめた。



ああいった輩は面倒くさいのだ。

別に秋也が社会不適合者という訳じゃない。

勉学も運動も十人並み。

その身に余る馬鹿力を除けば、の話だが。



ガラリと玄関を開けて遥か下界を見下ろす。



梅雨は好きだ。

何故ならこの観光地の乏しい街並みが、唯一鮮やかに見える季節だからだ。

皆、思い思い鮮やかに色づいた紫陽花。

紫もあれば、真っ青なものもある。

濃密つなまでに咲き誇るこの紫陽花の参道の名は…。



ーー…大平山紫陽花坂。



「…っと、見とれている場合ではありませんね。バスに遅れてしまいます。」



濡れた石段で足を滑らせぬよう注意しながら早足で下る。

なにせ過疎地帯のド田舎だ。

バスが40分おきしかない。

ましてやこんな階段まみれの道合じゃあ自転車もろくに使えないのだ。

そう考えれば必然的に足取りも急ぎ足になってしまう。



「神社の跡取り候補とはいえ、こればっかりは堪えますね。下界に下宿用のアパートでも借りさせて貰えれば助かるのに。」



去りげに毒を吐きながら最後の石段を降りきると、もう眼前に高校行きのバスが停まっているのがみえた。

丁度往復地点の車内確認の真っ最中だったようだ。

これは少し走れば間に合いそうだ。



「ちょっ…待ってくださいっ。」



不意に、背後に自分以外の声が聞こえて、はて。と、首をかしげた。

おかしい。

紫陽花坂は一本道だし、下るときはだれともすれ違わなかったのだ。

あの坂は階段の段数も多く、一度下るのに男の足で10分は掛かる。

ましてや、濡れた石階段の上などとても走っては下れまい。



考えながらバスに乗り込む。

傘を正して、二人掛けの座席へ腰掛ける。

…と。間もなく、誰に当てたか分からない声が降ってきた。



「もう、待ってって言ったのに…!!!」



顔を見上げると、眼前に見ず知らずの少女と目が合った。

日本人らしい黒髪の、中学生くらいの女の子だった。

白磁のような肌と相まってか、不思議と大人びて見えたが、未成年には変わりないだろう。



少女が近づくにつれて、濡れて重くなった衣服から滴が滴り落ちる。

墨を垂らしたような長い黒髪も同様だ。

泣きそうな、切羽詰まったようななんとも言えない面持ちで、彼女は立ち止まった。

よりにもよって、ぼくの目の前で。



「あのっ、ちょっと来て。」



「……僕これから学校なんですが…。」



苦笑い気味に答えると、少女は儚げな井出だちに削ぐわぬ声で、急に怒鳴った。



「うら若き乙女が助けてっていってんのよ、なんのために傘もささずに走ってきたと思ってんの?!」



人気の少ない車内がしん。と、静まり返る。



厄介なのに捕まってしまったな…。

頭を押さえてため息をつく。



今日は不本意だが学校は休みを頂こう。



「…分かりました。話くらいなら聞きますから、外に出ましょうか。」



その一言で少女は満足したようだ。

僕は車掌に詫びを入れて、バスから降りた。

外の湿気と雨粒で靄がかった景色を見つめながら。



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