表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

悪魔来たりて

作者: 観月 あき

さながら黒衣をまとったごとく、みな一様に黒い肌。幾百幾千もの屍は、朽ちるに構わず野風にさらされるまま、腐臭を放つまで放置されていた。


(あとで、燃やされるんだ。薪を詰んで、油をかけて)


自身の考えたことでありながら、それは、ひどく恐ろしいことのように思えた。この死病の流行で、今では死体の埋葬さえおぼつかない。この国の人間の半分が死んだと言われる。

外套のフードに顔を隠し、エリクは足早に、その場を立ち去ろうとした。その鼻先に吹き付ける風が、どこからか死体の香りを運んでくる。

もう、未練はないと思った。エリクの愛した少女は亡くなり、あの屍の山のどこかに積まれている。

ならば、エリクがここにいる理由など、もう存在しない。平民・・・それも貧しい下層階級の人間が暮らすこの地域に、彼の姿はあってはならないものだった。

かすかに流れる風は、死の病を運んでくる。

黒死病。

貴賎貧富にかかわらず、かかればまず助かることは期待できない恐るべき病。

彼女、エリクの愛した少女もそのために亡くなった。人から聞いたとおり、肌の黒ずんだその死体の山から、エリクは結局、少女を見つけることはできなかった。


(早く、戻ろう)


一度罹患すれば、どれほど金を積んだところで、治せる医者などいない。こと貧民街は不潔で、長くこの場にとどまることはエリクにも、ためらわれた。

だが。

そう簡単に忘れてしまえるほど、少女との記憶はちっぽけなものではなかった。

エリクはもう一度、死体の積まれた山を見た。火葬を待つばかりの屍たちを。そして、驚いた。

その頂上に、人の姿がある。

いや、とエリクは無意識のうちに呟いた。それは人の姿をとりつつ、人間ではありえなかった。

肌が黒い。だがそれは、ペスト罹患者のそれではなく、たとえるなら漆黒、まさにそんな色をしていた。


(・・・死、神?)


こっちを見た、と思った。かなりの距離があるのに、その黒の瞳が確かにこちらを向いていること、エリクにはわかった。

なんの不思議がある?  ペストは死神の病とすら言われた病気だ。だが、そう思いつつもエリクは冷静ではいられなかった。誰だろうと死を恐れるのは同じだ。

それとも————。

ふいにエリクは思った。あれは、死神ではないかもしれない。ならば何ものだ?


自身の考えに自問自答する。まさか。


(悪魔)


するとそれは———悪魔は———エリクを見て笑った。錯覚ではなかった。確かに。

悪魔は、胸元にさげた黄金の角笛を吹き鳴らした。

音は聞こえなかった。だが代わりに、地から突如として風が吹き上げ、エリクはとっさに目を閉じた。

次の瞬間エリクは周囲を見渡したが、すでにどこにも、悪魔の姿はなかった。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ