8話 赤色の夕焼け
ライラ達との修行の日々が続く、何度も。
何度も魔法防御を壊された事によって、魔力の密度を上げる術を得た。
それは、最初は柔らかかった大地が、幾多も踏みしめられる度に硬くなるように。
ライラの猛攻を耐え抜いて見せた。
初めて耐え抜いた日、彼女はアステルを全力で褒めた。
そして、彼女が上げた課題の残り――「生成速度」と「魔術のストック」。
生成速度は何度も創る事でイメージを強固な物とし、魔力操作で流す速度を上げる事で達成する事ができた。
しかし、問題は魔術のストックだった。
アステルよりも圧倒的な技術を持つライラですら、集中を切れば暴発する可能性がある。
それはまだ幼いアステルにとって、何よりも難しい課題だった。
しかし、ライラは「アステルの方が魔力操作がうまい」と何度も言い続けてきた。
そこからアステルは、ひとつの答えを導き出した。
詠唱した魔術を「分割」して暴発を防ぐ。
ストックする際に幾つもの魔力の塊として保存して、撃ちだす瞬間に全てを組み合わせる。
これも初めて見せた時は、自分の事のようにライラは喜んだ。
それがアステルにとって、とても嬉しい事だった。
そうして、武器の生成を生かす為に剣術、槍術等、様々な武器での戦い方を習得していく。
ギルド本部で依頼をいくつも経験することで、実戦経験も得た。
そんな目まぐるしい日々が続き、日々の日没が早く落ちる感覚を覚え――。
気づけば、5年の歳月が経っていた。
◇
「アステル」
アサイラムの町を歩いていると、不意に声を掛けられる。
振り向くと、そこには白く長い髪を持ち、犬の耳を持った亜人のシリウスが立っていた。
5年前よりも、どこか凛々しい雰囲気を感じる。
「どうしたの?」
「先生が呼んでる」
「わかった」
15歳になったアステル。
灰色の長い髪。以前から大人びた雰囲気はあったが、さらに磨きが掛かっていた。
アステルとシリウスは横に並び、自分の住む家……ライラの家へと向かって歩き出した。
「シリウスってなんか凛々しくなったよね。なんか強そう」
「そうかな? アステルの力になりたいだけなんだけど」
「そっか」
頭を撫でてあげると、尻尾が激しく横に揺れ動く。
こういう所は一切変わっていない。それが愛おしく思う。
家に着くと、黒いミディアムヘアーで猫の耳が生えた亜人、フェリスがぐでっと気怠そうに机に突っ伏していた。
そんな様子を余所に、ライラはソファで寛ぎながら本を読んでいる。
「先生、用件は?」
ライラに近づき、用件を問う。
「最近、外の魔物の活動が活発的になっているのは気付いてる?」
「はい、依頼で何度か外に出てるので」
パタンと、読んでいた本を閉じ、コーヒーを飲む。
単純な動作だが、相変わらず様になっている。
「魔物が活発的になる理由は様々だけど、今回は世界の魔力が徐々に濃くなってきてるね」
「……。パンドラの夜が近いと?」
「そゆことー」
相変わらず変な人。
「で、どうしろと?」
そんな彼女を見て、溜息混じりに聞く。
「んー。この町は大丈夫だけどさ。王都は大変な事になるでしょ? パンドラの夜は弱い人達は魔術も使えないし、召喚獣が暴走する危険性もある。一応報告しといた方がいいんじゃない?」
魔力が活性化すると魔力の器が決壊して、魔術を扱えなくなる。
人によって器の大きさが違うが、大抵の人間がそうなる。
召喚獣や魔物も影響を受けて狂暴化し、平常時よりも力を得る。
アサイラムに住む異世界の住人達は、ライラが事前に魔力制御を掛ける事でそれを回避できるが、王都ではそうもいかない。
「意外ですね。この町以外どうでもいいと思ってると思ってました」
「いやいや。どうでもいいけどさ、危険性を予知してるなら報告すべきでしょ?」
「まあ。確かに」
「そういうことで!」とライラが立ちあがり、一枚の紙を差し出してくる。
受け取り、内容を見ると……「パンドラの夜」が今日来る可能性が記されていた。
「今日来るんですか? もう昼を過ぎてます。私、巻き込まれるんですけど……」
「いいじゃん。守ってあげなよ。英雄になれるかもよ?」
「ええ……」
眉を顰める。
「興味ないですよ……」
シリウスとフェリスの方に視線を向けると、ぐでっと突っ伏しているフェリスを、じっとシリウスが見つめていた。
相変わらず変わってない。そして、ライラも昔から変わっていない。
相変わらず、突発的で変な人だ。
「ていうか、事前に予測できるならもっと早く言ってください」
そう軽く文句を言うと、「あはは、忘れてたぁ」と軽口が返ってきた。
そんな自分の師匠を見て、軽くため息を一つ吐く。
「シリウス、フェリス。ついてきてくれる?」
「はい」
「はぁい」
シリウスは立ち上がり、遅れるようにフェリスも気怠そうに立ち上がる。
そして、三人は王都へと向かった。
◇
マルクト王国の王都。
アサイラムからは徒歩で2時間程で着く距離だ。
ふたつの町を繋ぐ道は、普段であれば魔物が出ない整備された道のりではあったが、王都に辿り着くまで数体の魔物と遭遇した。
間違いなく魔物は活性化している。
だが、今の三人にとっては容易い討伐対象であり、問題なく王都へ辿り着く事ができた。
「相変わらず人多いよねえ」
フェリスがげんなりした口調で呟く。
言葉の通り、人が多い。
アサイラムは異世界の住人が住む世界で、人と言えば、アステルかライラしかいない。
行き交う人々は、これから来る災厄など微塵も知らず、楽観的に生きていて。
使役された召喚獣達は、奴隷のように鎖で括り付けられていて表情が暗い。
アサイラムに住む住人達とは、全く違う。
この世界の、現実。
様々な依頼を受け、達成報告をする度に訪れているが――やはり、好きになれそうにはない。
本当に守る価値があるのかと。そういう考えすら過ってくる。
「アステル?」
行き交う人、鎖で繋がれた召喚獣を冷めた目で見つめていたアステルを、シリウスの声が引き戻す。
「ごめん。ギルド本部に行こうか」
そして三人は、偽りの平和に満ちた街を歩きだした。
◇
ギルド本部。
幾つものギルドと冒険者、そして依頼を管理する機関。
その建物の前で、アステル達はある少年に絡まれていた。
「そこの女!」
「アステルだけど」
「名前は聞いてねえっていつも言ってるだろ!」
「はあ……」とため息を吐き、「で、なに?」と静かに返す。
「何しに来たんだよ?」
「別になんでもいいでしょ? カスタネットくんは何してるの?」
「エイブルだっていつも言ってるだろ!」
アステルの事は決して名前で呼ばない癖に、自身の名前は気にする。
そんな彼に、もう一度溜息を漏らす。
「俺は依頼の報告に来ただけだ」
「そうなんだ、ご苦労様」
「うるせぇ!」
(なんなのこいつ……)と幾度目かの溜息。
視線をエイブルの後ろに向けると、申し訳なさそうにしている少女と、ガタイの良い青年が立っていた。
彼女達は、エイブルが冒険者学校で出会い、パーティーを組んだらしいティアとテラだ。
「じゃあ。私、ギルドに用事あるから」
「俺たちもあるんだよ!」
そんな会話しながら中へと入っていく。
「ついてくんな!」と言われ、用事あるんだけどな……とまた溜息をついた。
ギルド本部の受付には、いつもお世話になっている女性、クレアがいた。
彼女に、ライラから預かった紙を渡す。
「ええ!?」
辺りが静まり変えるような大きな声が上がった。
「これ、本当ですか?」
「外の魔物が活発化してるのは事実です」
「ここに来る途中でも魔物いたしねぇ」
「そう、ですか……」
クレアはこの世界の人には珍しく、召喚獣に対する偏見がない人だ。
だから、フェリスの言葉をすんなりと受け取る。
「すぐに上に報告してきますね!」
「おねがいします」
クレアは走って去っていく。
それを見送り、アステル達はギルド本部から出る。
夕焼け。
普段だったらオレンジ色に染まる空。
しかし、今はほんのり赤みが強く。
これから訪れる災厄が近い事を告げていた。




