7話 彼岸の契約、師弟の誓い
暖かく、柔らかいベッドの上で目が覚める。
部屋の中にはベッドが二つあって、シリウスとフェリスは同じベッドで寝ていた。
なぜライラがここまでよくしてくれるのかわからないが、今まで魔物が闊歩する外で寝てきた為、安心感と暖かさを感じて寝る事が出来た。
温かいお湯で身体を洗い。
温かい湯舟に浸かり。
暖かく柔らかいベッドで眠る。
誰にとって当たり前の事が、彼女達には嬉しかった。
身体を起こし、隣のベッドに眠る二人を見て、軽く微笑む。
起こさないように静かに歩き、部屋から出て静かな廊下を歩く。
少し開けた空間、リビングに出るとそこにはすでにライラが居て、ソファに寛ぎながら本を読んでいた。
「ん、おはよう。よく眠れた?」
気配を察したのか一瞬だけ振り向き、彼女は再び本に視線を落とす。
「おはようございます。あんなにぐっすり寝てる二人、初めてみました」
「そっか。顔洗ってきたら? 朝ごはんは私が作ってあげるよ?」
「はい。でも、朝ごはんは私が作ります」
昨日のようなものを再び出される訳にはいかない。
顔を洗い、朝ごはんを作ってる最中に二人が起きてくる。
そうして出来たごはんを四人で食べる。おいしそうに食べる三人を見て、一日一日を大切にしたいと思った。
―――
町の外れ、開けた場所へとライラに連れてこられる。
そこには角が生えた亜人のお爺ちゃんと、赤い髪の女性が立っていた。
「おまたせー。待った?」
「いいえ、今来た所ですよ」
そう赤髪の女性が答えると「そっか、よかった」とライラが言う。
ライラはお爺ちゃんと女性の間に立ち、振り返る。
「という訳で! 修行したいと思いまーす!」
「修行?」
三人が首を傾げる。
「そ! 君たちまだ弱いからさ。強くなって稼いで貰わないとさ。一緒に住むのはいいけど食費とか稼げないとね」
「それはそうですけど……。そちらの方達は?」
「こちらの方達はなんと! あなた達の師匠でぇす」
バっと態とらしく手を広げる。
「このお爺ちゃんは鬼の亜人、酒童。世にも珍しい鬼種族で私に剣術教えてくれた強いお爺ちゃん!」
そう紹介された酒童は「ほっほっほ」と手を小さく振る。
「そして、こちらの私に負けず劣らずの綺麗なお姉さんは、エキドナ種のエドナ。火の世界から召喚されてやってきた火属性の使い手だよ」
エドナは軽く会釈をし、三人も反射的に返した。
「もちろん、私も君たちを指導するから。これからは尊敬の念を持って、先生と呼んでくれていいよ?」
「先生ですか?」
「そうそう、私達みたいなすごい人に教わる事が出来るんだ。君たちは同年代で冒険者学校に通うような子達とは一線を画すことは約束されてるだろうね」
そうして、アステル達の修行の日々が始まった。
―――
「まずは、魔術の最も基本な事を知ろうか」
とライラは五人から距離を開ける。
「魔術はさ、魔力を扱う術だよ。イメージの力。想像力が高く、魔力操作をきちんとしたら何でもできる。例えば……」
ライラは腰を落とし、手の平を合わせ、集中する。
青白い光が二つの手の平の間に生まれ、それを突き出し、レーザーのように撃ちだされる。
「相変わらず出鱈目ですね」
とエドナが呟き、酒童は「ほっほっほ」と笑っている。
「まあ、これは出来なくてもいいんだけどさ。イメージ次第でどうにでもなるよ。って事を覚えて欲しいかな。言ってしまえば、アステルちゃんが魔力で創る武器と一緒だよ。魔力密度とイメージの違い。武器の方が難しいけどね」
「でも、私にはそれは出来そうにないです」
「そりゃあそうでしょ! 人は理解できないモノは再現できないから」
ライラは一度言葉を切り、ついて来れてるかな?と顔を覗かせる。
「そそ! この世界には数多の異世界が存在していて、世界の意思と呼ばれる。私達が住む世界を含む数多の異世界を内包するフォレスティの意思『ミュトス』と、魔界と呼ばれるフィロトクの意思『ロゴス』がいるんだ」
「魔界?」
「ミュトスは属性魔力。言わば自然エネルギーを生み出して、ロゴスは無属性の魔力。私達人間は魔術を行使する際に無属性魔力を媒介として、契約している召喚獣から属性魔力を借り受け行使する。魔界はその無属性魔力が多い世界、つまり魔力の世界だね」
人は無属性の魔力は召喚獣がいなくても使えるけど、属性魔力は召喚獣がいないと使えない。
しかし、ライラはワイバーンと対峙する際に雷を使っていた。
「でも、ライラ、先生は。以前雷を使ってましたよね? 契約してる召喚獣がいるんですか?」
「おっ! いい質問だねぇ」
と態とらしくリアクションを取る。
「人にはさ、特性があるんだよね。人より手先が器用です、みたいな。私の場合は、無属性魔力を属性魔力に変換できるんだよねぇ」
すごいでしょ? とライラは言う。
「アステルちゃんの場合は人より魔力操作がうまいっていう特性がある。それも十分すごいからね。風属性を持つシリウスちゃんとフェリスちゃんと契約してるから。その特性を生かせば私の足元には来れるかもね」
「契約? 私は二人と契約した覚えないです。隷属させるつもりはないです」
怪訝そうにアステルは首を傾げる。
それを見たライラ、酒童、エドナは微笑む。
「貴女達は契約を成していますよ。魔力回路が魂の根源から繋がっています」
「ほっほ。その若さでそれを結べる主人と出会えたのは幸運じゃのう」
シリウスとフェリスの尻尾が左右に揺れ動く。
「現代にある契約形式は大きく分けて二つ」
とライラは大袈裟に指を二本立てて突き出す。
「隷属効果を付与された人口の召喚石を使用し、召喚と契約を成す『隷属契約』。もう一つは、絆と信頼を得て行う契約。天然の召喚石もしくは、召喚されたものが自身と縁があるものを差し出す事で成立する『友愛の契約』」
そして、更にもう一つ! と指を一本だけ突き出す。
「魂と魂が契約を成す『彼岸契約』」
「彼岸契約?」
「そ! 今は隷属契約ばかりで友愛の契約自体も少ないんだけど。隷属は強制、友愛はお願い、彼岸は『運命を共にしますよ』ってこと。君たち三人は運命共同体ってこと」
「運命、共同体……」
三人は顔を見合わせる。
不思議と悪い気はしなかった。
―――
「と、言うわけでそんな特別な契約をしてて既に強い君達を更なる高みへ! って感じで修行しよっか」
その一言からシリウスは酒童に、フェリスはエドナに呼ばれてついて行った。
残されたのはアステルとライラ。
「アステルちゃんの課題は大きく二つ。一つは魔力の密度の向上。魔力で武器を創るのは良いけど、衝撃一つで壊れるようじゃ実戦的ではないからね。もう一つは魔力操作。魔力操作は特性もあって確かに上手い、ただそれは他に比べてのこと。武器の生成速度上げたりとか何か特別な技を得ようか」
「特別な技?」
「そそ、例えば詠唱した魔術のストック、とかね」
そう言い、ライラは集中を始める。
赤い魔法陣が出現し、辺りを熱く燃やし尽くしそうな熱が発生する。やがて、それは一つに収束していき、魔法陣が右手に宿り赤く光る。
「こんな感じかな。これが私の限界、正直集中切ったら今にも暴発しそうだけど。君ならこれ以上に上手く出来ると思うよ」
ライラは手を伸ばし、指をスナップさせる。
乾いた音と共に爆炎が撃ち出された。
「でも、取り敢えず今日は魔力密度をあげようか」
「あげようって言われても……」
「簡単だよ。イメージするんだよ。おにぎりとかパンをギュッとしたら圧縮されて密度が上がるでしょ? 同じように魔力をギュッとするの」
ええ……。と困惑する。
言っている意味は分かるが、理解が難しかった。
「まあまあ、取り敢えずやらないと出来ないからさ。取り敢えず自分が今できる密度で魔力の壁作ってみなよ」
ライラが数歩歩いていき振り返る。
アステルは言われた通りに両手を目の前に伸ばし、壁をイメージする。
青白く今にも消えそうな壁が生成される。
「そうそう、それが防御魔法。だけど……うーん。まあ大丈夫か」
「……?」
ライラはニッと口角を上げ、降ろしていた手を勢いよく振り上げると、そこから炎の弾が撃ち出された。
「ちょっ!?」
咄嗟に目を閉じると、目の前で爆音が鳴り響く。
目を開けると目の前の壁には無数のヒビが入っていた。
「加減して撃ってもヒビが入るようじゃ駄目だねー」
「いきなりなんですか!?」
「言ったでしょ? 修行だよ。ほら、創り直さないとその壁じゃ防いでくれないよ!」
もう一回ライラは腕を振り上げる。今度は水の弾がアステル目掛けて飛んで行く。
「ちょっと、冗談でしょ!?」
咄嗟に壁を創り上げるが先程より更に薄く、二重になった壁をライラの放った水の弾はいとも簡単に貫き、アステルは横に飛ぶ事で回避した。
「ほらほらほら! まだまだだよ!」
次々と飛来する火、水、風、土の弾を前に、壁を生成する余裕もなく走り続けるしかない。
「今は生成速度と密度の訓練で、体術の訓練じゃないよー?」
そんな事言われても……!
火の弾がアステルの進行方向を予測して撃たれる。何とか飛び込む事で回避するが、もう立ち上がる体力がない。
「はあ……はあ……。わか、ってます……」
立ち上がり、膝に手を置き、肩で息をする。
「んー。じゃあ。時間上げるから今、壁創りなよ」
アステルは言われた通りに壁を創る。
ふふっとライラは不敵に笑い、パンっと手を合わせた。
それは神への祈りの様に見える。
今度はなに……?
そしてライラは合わせた手を地面へと押し付ける。
そこから黄色の魔法陣が出現し、幾つもの土の柱がアステル目掛けて勢いよく伸びた。
壊れる……っ!
しかし、身体が動かない。
土の柱は目の前の壁を轟音と共に破壊し、アステルの顔スレスレでピタッと止まる。
目の前の土の柱が消えると、アステルは膝から崩れ落ちる。
「いやー。完璧な距離計算だね」
圧倒的な力の前でなす術がなく、蹂躙され、抵抗する事の出来ない恐怖に肩を震わせる。
「え!? ちょ、ちょっと!?」
今にも泣き出しそうなアステルを見て、ライラは慌てて駆け寄る。
「ごめん! 当たってた!?」
「うるさいです……。少し怖かっただけです」
「いや、アステルちゃんは筋が良いし。普段大人っぽいから大丈夫かなって!」
「……」
「ご、ごめんね?」
―――
そうして二人で並び座って暫く。ライラはずっと気まずそうにしていた。
静寂の中で、優しいそよ風が二人の髪を靡かせる。
「ライラさんは……」
「ん?」
おもむろにアステルが口を開き始める。
「ライラはどうして見ず知らずの私達に良くしてくれるんですか?」
見ず知らずの子供三人に食事を、ベッドを。
そして、強くなる術を与えてくれる。それがふと、疑問に思った。
「あー……。んー。アステルちゃんが眠ってる間に聞いたんだよね。三人で狩りをして生きてきた事とかさ」
ライラは優しい声音で淡々と理由を述べる。
「凄いなって思ったよ。同時に同情しちゃったって訳じゃないけど。導いてあげたいって思っちゃった。みたいな?」
へへと笑う彼女の横顔をジッと見つめる。
「導く?」
「そう。きっとこれまでは辛くて折れそうな人生だったと思う。でもこれからは楽しくて真っ直ぐな人生を歩いて欲しいって思うんだ」
不意にライラがアステルを見つめ、二人の目が合う。
再び訪れる静寂。しかし、先程のような気まずさはなくなっていた。
「ライラさんって自己肯定感高いですよね」
「え? そうかな?」
「よく自分のこと美人って言ってるイメージあります」
「えー? 事実だからなぁ?」
「そういう所ですよ……」
「でも、アステルちゃんも可愛いでしょ? もっと、こう。『きめ細やかな灰色の髪を靡かせ、お淑やかで誰もが振り返る様な可憐な美少女は誰でしょう? そう、私です』みたいな感じだして良いんじゃない?」
「なんですか……それは」
そんな他愛もない会話と共に時間が流れ行く。
―――
広場に戻るとそこには既に四人戻っていて、シリウスとフェリスの耳と尻尾は垂れ下がっていたが、アステルの姿を見るや否やすぐに駆け寄ってくる。
「やあやあやあ! おつかれー!」
と一人元気なライラを見てエドナは呆れ顔を見せた。
そんなことを露知らず、ライラは言葉をつづける。
「二人ともどうだった?」
「フェリスちゃんはとても筋が良いですね。これからが楽しみです」
「こちらも同じじゃのう」
「わっかるー! 熱入り過ぎて泣かせちゃったー」
その一言を聞いて、酒童とエドナの顔が一瞬強張る。
「泣かせたのですか?」
「あ……」
「あの、ライラさん。……先生は私達の為を思ってやってくれた事なので……」
泣かされた本人が、泣かした人間に助け船を出そうとする。
酒童とエドナが少し驚き、そして微笑む。
「先生、ですか……」
「此奴は主等の先生としてやっていけそうか?」
酒童は優しい声音でアステルに問う。
そして、真っすぐな瞳で応える。
「はい」
その真っすぐな応えに満足そうに「ほっほっほ」と頷く。
「アステルちゃん……」
「どうやら、二人の仲を気にする必要はなさそうですね」
優しい声で言い。「ですが」と再び厳しい声へと戻る。
その声を聴き、ライラはびくっと身体を震わせた。
「女の子を泣かせたのは事実です。あとで私の元に来てくださいね?」
「そうじゃな、主が大人になる為に弟子を取るよう言ってきたが、初日がこれじゃあわしもお灸を添えなければな」
「……はい」
そうして、アステル達とライラの修行の日々が始まった。




