13話 残り香の信頼
アサイラムを出発してから、暫くが経つ。
振り返ると通ってきた道はあるが、5年間ライラたちと過ごした町はもう見えない。
二度と会えないわけではないと、頭の中ではわかっている。
だけど、やっぱりどこか寂しさを感じてしまう。
身に纏うのは、ライラから譲り受けたローブ。
穏やかな風に乗って、そこから仄かに香る匂いが鼻を擽り、寂しさを助長させた。
「どうしたの?」
後ろを振り返り、立ち止まっているアステルを見て、シリウスが問いかける。
「……ん。先生がいないと、静かでちょっと寂しいかなって」
「あぁ……わかる。先生うるさいからねぇ。嫌じゃなかったけど」
「ふふ、そうだね」
アステルの言葉にフェリスが言葉を紡ぎ、シリウスも微かに微笑んで同意する。
そうして、また言葉はなくなった。
土を踏みしめる音。風が吹き、木々や草花が揺れる音だけが耳に入ってくる。
歩き続けて数時間。一行は、一つ目の名前も知らない小さな村へと辿り着いた。
「丁度お昼時だし、休憩しようか」
「はい」
「はぁい」
知らない土地で、飲食店、または食材が売っている場所を探す。
村はさほど大きくはなく、ギルドが運営している小さな酒場を見つけた。
――ギィ、と。
音を立てながら、三人はおもむろに中へと入っていく。
中は薄暗く、本当に営業しているのかと思うほどに寂れていた。
扉の音に、カウンターの向こう側にいた強面の男性が振り向く。
「いらっしゃい。好きな所に座りな」
そう言われるがまま、三人は端っこのテーブル席へと座った。
「(……ねえ、顔怖くない?)」
「(やめなよ)」
小声でやり取りをする二人を見て、アステルは小さく微笑んだ。
暫くして、強面の店主ではなく、ウェイターの女性が近付いてくる。
水が入ったグラスを三つ置き、注文を聞いてきた。
アサイラムで過ごしてきた五年間、ギルドの依頼をこなしてきたため、幸い蓄えはある。
アステルはとりあえず、店のおすすめを三つ注文した。
出てきた料理は豪華なものではなかったが、寂れた雰囲気に合う落ち着いた献立だった。味もいい。
四人で食事していた時は、ライラが会話の切り口になることが多かった。
それゆえ三人の会話も特別多くはなく、それもまた、少しの寂しさを感じさせた。
食事を終え、カウンターで料金を支払う。
蓄えがあるとはいえ、道中で補給等が発生することを考えると、早めに依頼をこなすことも考えなければならない。
そんな思考を巡らせつつ立ち去ろうとすると、強面の男が三人を呼び止めた。
「お嬢ちゃんたちは、旅人かい?」
見た目通りに低く、渋い声。だが、優しい声音だった。
「はい」
「そうかい。若いのに立派だ。目的地は?」
「ホドです」
「ホド!? また、えらく遠い所まで行くんだなぁ」
男は驚き、感心する素振りを見せた。
「それで、何しにホドへ?」
「先生……師匠の依頼で、調査に行くんです」
「また随分ときつい事を頼むお師匠さんだな」
声からは、同情の意が感じられた。
「蓄えはあるのかい?」
「少しはありますが、途中で依頼をこなした方がいいかもしれないです」
アステルがそう答えると、「そうか……」と男は考え込み――おもむろに、引き出しから一枚の紙切れを差し出してきた。
「ギルドの依頼書……?」
「そうだ。一応ここは依頼も受けててな。小さな村だが、やることはあるんだ」
内容は、この村近隣にある山に生息している、『フェラル化した魔物』たちの討伐依頼。
魔力が活性化する夜。パンドラの夜の影響を受け狂暴化したものがフェラル状態と呼ばれている。時折、パンドラの夜が終わってもその影響を持ったままの魔物もいる。
「報酬はもちろん、前払いだ。ここまで戻るのは面倒だろ?」
「……? ですが、私たち初対面ですよね。そんな信頼、ないはずですが」
アステルの疑問に、男は「がはは!」と軽快に笑い飛ばした。
「嬢ちゃんは真面目そうだからな。それに、そのローブが身体に比べて大きい。大方、旅立つ際にお師匠さんから譲り受けたんだろう?」
「そうですが……」
「師匠から調査の依頼を受け、実直にそれをこなそうとする真面目さ。何よりそれは師匠からの信頼の証だ。俺はそれを信じるよ」
アステルはその言葉を聞き、ぎゅっとローブの胸の辺りを掴んだ。
それを見て微笑む男は、「で、受けるかい?」と優しく問いかける。
「はい、お願いします」
アステルは真っ直ぐな瞳で答えた。
すると男は、再び「がはは!」と笑った。なぜ笑われたのか分からず、アステルは困惑する。
「……?」
「お願いするのはこちらの方だよ。よろしくな」
「……確かにそうですね。任せてください」
アステルたちは報酬を受け取り、酒場を後にした。
「顔怖いけど、いい人だったねぇ」
「そうだね」
後ろでシリウスとフェリスがそんな会話を交わしている。
それを背に受けながら。
灰色の髪と漆黒のローブを風に靡かせ、アステルは前を向いて歩き出した。




