12話 いってらっしゃい
旅立ちの当日の明け方。黎明。
アステル達三人はアサイラムの門の下に立っていた。
そして、彼女達の師匠。エドナ、酒童。ライラも旅立つ彼女達を見送る為にいる。
「忘れ物はないですか?」
「はい」
エドナの優しい問いに答える。
「体調には気をつけるんじゃぞ」
「はい」
酒童の優しい心配に答える。
その真っ直ぐな答えに「ほっほっほ」と笑い一歩前に出た。
「シリウスよ。これを受け取るがよい」
酒童が一振りの刀を差し出し、それをシリウスが受け取った。
「これは?」
「師匠から一番弟子への餞別じゃ。そのボロボロな剣じゃ心許ないじゃろうて」
シリウスが今使っている剣は、5年前。ワイバーン討伐の際にライラから与えられた物。
5年も使いボロボロになっていたが、先日のデュラハンとの戦いでその剣は刃毀れをしていた。
「ありがとうございます」
シリウスは受け取った刀を大事そうに抱え込む。
「私からもフェリスへ。こちらのナイフを。最も貴方は魔術主体なのであまり活躍しないと思いますが」
「いいの?」
フェリスもまた、5年前からずっと同じナイフを持っていた。シリウスの剣と同じ様にボロボロだ。
「ありがとう、嬉しいよ」
「ちょっと待って……。私、そんなの聞いてないんだけど!? 何も用意してないよ!?」
空気を壊すように声を上げるライラ。そんなライラにため息混じりで酒童が言う。
「弟子の出立に餞別を用意しない師がどこにおる」
「あの、先生。私は武器は使わないので要らないですよ」
「え!? えぇ……。いや、でもなあ」
うーんと唸り、そして。閃いた!と言わんばかりのリアクションを取り。
おもむろに、彼女は着ている漆黒のローブを脱ぎ、それをアステルへと差し出した。
「これ、あげるよ」
それはいつだって彼女が身に纏っていた物。アステルはそれを受け取った。
「いいんですか?」
「もちろん。それに私が恋しくなったらいつだって匂い嗅げるしね」
「……。すぐに洗いますね」
「アステルちゃん。私も傷はつくからね?」
「冗談です。ありがとうございます」
ギュッと受け取ったローブを抱きしめる。
いつだって当たり前のように着て、彼女が前を歩いて来た優しい匂いが仄かに香る。
「着てみたらどうですか?」
エドナに言われた通り、漆黒のローブへと腕を通した。
「灰色の髪と合って素敵ですよ」
そうエドナが褒め、「ほっほっほ」と酒童が笑う。
「すっごく似合ってるよ」
「見違えたねー」
シリウスとフェリスも言葉を続け、少しだけ気恥ずかしくなる。
「でも、少し大きいです」
「まあ、私が着ててもちょっと大きかったし。私よりちょっと背の低いアステルちゃんだとそうなるよね。……でも、凄く似合ってるよ」
「はい……」
照れ隠しの為、襟で顔を少し隠すとライラの優しい匂いがする。
ライラは「よし!」とアステルの肩にポンと手を置き、振り向かせ優しく背中を押す。
「行っておいで。いつでも帰って来て良い。ここ、アサイラムは何があっても三人の味方だよ」
「はい……!」
と三人が歩き始めようとするとライラが呼び止める。
「ごめん、忘れてた。昨日の話は覚えてるよね?」
「龍種の話ですか?」
旅立つ前日、三人は魔界について詳しく聞かされていた。
魔族や魔人達の上の存在。魔界の頂点に君臨する龍種の事を。
「うん。何があっても龍種とはやり合おうとしないで、今の君達じゃ勝てないからね。どうしようもない時、もし。扉の調査中に出現したら昨日渡したのを使うんだよ?」
「わかってますよ。心配し過ぎです。弟子を信じてください」
アステルはライラの普段なら見せないような心配振りに笑いながら答える。
そして、ライラは照れ臭そうに笑いながら。
「そうだね。一番弟子達を信じるよ」
「はい、行ってきます」
「いってらっしゃい」
三人の弟子達が口を揃え、三人の先生が小さく手を振りながら彼女達を見送る。
その背中が小さく、小さく。
見えなくなるまでライラはそこに立っていた。
手を振るのをやめても尚、立っている。
「寂しくなっちゃいましたね」
「別にー。五年前に戻っただけでしょ?」
「人の五年は長いぞ? それも経験の浅い子供となると一日一日が新鮮で長く感じるものじゃ」
ほっほっほと笑いながら酒童は言った。
「本当は寂しいんでしょう?」
「しつこいなぁ……。別に二度と会えない訳じゃないんだし。寂しがる必要ないでしょ? 修行もないし、今後どうしようか考えるの!」
そう言い、ライラは「帰る!」と言って去っていく。
その後ろ姿を見守る二人。
「まだまだ、子供ですね」
「孫弟子達の方が幾分か大人じゃな」
二人はいつまでもその後ろ姿を見守り続けた。
家に帰ると、そこは静寂だった。
特別に賑やかだったわけじゃない。ただ、誰かの気配や、微かな衣擦れの音が消えただけなのに。
静かな子達だったから特に変わりはないはずなんだけど……。
フェリスがよく顔を伏せていた所に指を乗せる。
そこはひんやりと冷たい。
四人で食事をした机を撫でながら、いつも座っているソファーに近づき。静かに座る。
三人がよく座っていた所を見つめた。
そこには顔を伏せてるフェリスも、それを見つめるシリウスも。その二人を見つめるアステルも居ない。
誰もいない。
あ゛ーと。ソファーによりかかり、天井を見つめた。
「……。子供かよ」
もうここには一人しかいない。




