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山に在るものについて

作者: 八崎節子


 エランアルレイノの話をしよう。


 それは山で産まれ育ちいずれ山の一部となりゆく生涯の者でも、出逢えるかどうか分からない程の、あの山々にずっといるものだそうだ。


 かといって、初めて山に入った者がそれと知らず辿り着く事もある。


 山を歩くと、小屋が現れる。どんなに山に長けた者でも、歩いていた道にそんなものが建っている心当たりはない。


 そこで初めて、道に迷った事に気付く。


「あなたの行きたい所はこの先にはありませんよ」


 心を読んだかのように、必ずそう声がかけられる。


 人らしきものが立っている。


 きっと目を引くのはまとう薄い紅だろう。


 波打つ髪と渾然と合わさったかのような布地が樹の葉の重なりのように、様々な色をまとって足元までを覆い隠している。髪も布も、そのどの色も薄い紅である。薄い紅とはこんなにも様々な色があるのか、という程に。輪郭は周りの樹木の深緑や土の色に近く、今にもその中に溶け込んでいきそうな姿は、しかし細く高い。


 流れる髪の間から見つめてくる切れたような長い瞳もまた。


「山に、何を行いに来ましたか」


 布に覆われた姿と同様、声からも性別も年齢も推察出来ない。


 今の問いに、何を答えても咎められず、正しい返答が返ってくる。正しい返答が質問者にとって安全な回答かは分からないが。


 大抵はそれに会った者は「道に迷ったようなので、目的地に行ける道を知りませんか」と質問する。


 答えの通りに行って、無事辿り着ける場合もある。正しい道が遠い昔に使われなくなっていたので、何とか痕跡を探し進まなければならない場合もある。勿論、途中で獣や災いに遭遇してもそれは答えのせいではない。


 答えを受けてお礼を言い、その場を去って、しばらくしてから振り返ると小屋はない。


 戻ろうとしても、何処にも見つからない。


 ただ、天にも届くような、高い樹木が遠くに見えるだけである。




「あなたの名前は」


 名乗り、そう尋ねる者もいる。


 それは、僅かに微笑み、首を横に振るだけである。


 だから、エランアルレイノ、は、誰からともなく人々の間で呼ぶようになった名だ。


 ある者は憧れるように、ある者は苦々しくその名を口にする。


 何故なら。


 名前を尋ね、後に再度、エランアルレイノに会いに行こうとする者は、一見、出会った不思議を忘れ、日々を幸せに満たし、暮らすという。


 そして、ある日、姿を消す。


 その夜はどんなに晴れていても、何かが降ったような音がするという。


 山の者はそういう時、今まで無かった筈の樹があるのを見つける。


「エランアルレイノにお伝え下さい」


 人々はその樹に向かってそう言って、山についての願い事を口にするという。


 樹はしばらくして、現れた時と同じように、消える。


 後には、樹木に覆われたあの山々が、今日も果てしなく広がっているのだ。


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