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6.森の中のひととき

「コレット、あなたこっそりはぐれてちょうだい。このままじゃ、オズワルド様に話しかける機会が作れそうにないんですもの」


 森の中を歩きながら、ビビアンがこそこそとささやきかけてくる。


「それは、さすがにちょっと……」


「いいから、言うことを聞きなさい!」


「どうしたのかな、二人とも? 俺たちの後ろで内緒話?」


 こちらを振り返り、オズワルドが笑う。彼の隣にはニルス。上機嫌のオズワルドに対し、ニルスの表情は暗かった。


 私たち四人は今、課外授業の最中だった。これは学園を設立した王が定めた、由緒ある行事だ。


 とはいえ、内容はそう難しいものではない。学園の裏手に広がる森を、数人一組で通り抜けるだけだ。


 事前に地図ももらうし、目印もある。森の外は厳重に警備されているし、緊急時のためにのろしを上げる道具も渡されている。さらに万が一に備えて、森の中のあちこちに衛兵がひそんでいる。


 至れり尽くせりで、危ないことは何もない。もっともこの森は広いので、どんなに急いでも数時間はかかるけれど。


 参加するのは学園の生徒全員、誰と組むかは基本的に自由。ただしそれぞれの組には、最低でも男女一名ずつが含まれていること。


 となると、私も男性と一緒に行動しなくてはならない。正直、気が乗らない。


 そんな私の気分を察しているのか、他の男性から声がかかることはなかった。うかつに声をかけたらただじゃおかないぞという気迫がもれだしていたのかもしれない。


 いずれ折を見て、適当な組にまぜてもらうしかないだろう。恋愛に興味のない面々で構成された、のんびりした組に。


 そう考えていたら、オズワルドが声をかけてきた。きみ、まだ組む相手を決めてないんだろう? 俺と組もうよ、と。


 そして彼の後ろには、恐ろしい形相のビビアンが控えていた。オズワルドが私を指名したことが、とにかく気に入らないらしい。わたくしは断られましたのに!! と小声でつぶやいている。


 背後の物騒な気配をきれいに無視して、オズワルドはとんでもないことを言い放った。


 きみが俺と組んでくれるのなら、きみの妹のビビアンも同じ組でいいよ、と。


 ……つまりそれは、私が彼と組まない限り、彼はビビアンと組む気がない、と言ったに等しいもので。


 当然ながらビビアンは、承諾しなさい! と身振り手振りだけで伝えてきた。これを断ったら、しばらくビビアンがうるさいだろう。下手をすると何か月も、ねちねちと蒸し返されそうだ。


 仕方ない、不本意だけれど彼と組むしかない。そう考えて首を縦に振ったまさにそのとき、血相を変えたニルスが駆け込んできたのだった。すまない、また弟が迷惑をかけてはいないか? と言いながら。


 そんな騒動を経て、私たちは四人で組むことになった。ニルスはオズワルドにあれこれと声をかけて、気を引いてくれている。おかげで私はオズワルドのお喋り攻撃から解放されていた。ありがとう、ニルス。


 そしてその兄弟の間にビビアンが割って入ろうとして、いくどとなく失敗していた。仕方なく、今のうちに私を追い払おうと考えたらしい。


 追い出されても、さほど困ることもない。ここまではずっと一本道だったから、こっそりと来た道を戻ればいいだけだ。課外授業をさぼっても、特に罰則はないし。


「俺たちは森の出口まで、ちゃんと四人一緒だからね。そこのところを忘れないでくれよ、ビビアン?」


 まるで私たちのひそひそ話が聞こえていたかのように的確に、オズワルドが釘を刺してくる。


「ええ、分かっておりますわ」


 ビビアンは少しも動じることなく、にっこりと笑って答えた。いきさつはどうであれ、オズワルドが自分のほうを向いたことが嬉しいらしい。


「けれど、こうして一緒に課外授業を受けているのに、ご兄弟でお喋りばかりで……寂しいですわ」


 その言葉に、ニルスが口を開きかける。しかしそれより先に、オズワルドがまた声を上げた。


「じゃあ、きみたちのことを聞かせてよ。いいだろう?」


「ええ、もちろんですわ!」


 そして、即座にビビアンが食いついた。目を輝かせて、嬉しそうにしなを作って、オズワルドの隣に無理やり並ぶ。オズワルドは彼女を追い払うことなく、親しげに話し始めていた。


 あれ、いつもと流れが違う。普段のオズワルドは、私のほうばかり見ているのだけれど。


 まあいい、これでビビアンも満足するだろう。オズワルドがぐいぐい来ないのなら、落ち着いて彼のことを見ていられるし。


 私の少し先で、オズワルドはビビアンと仲良く話している。それを見ていたら、何とも言えない気持ちになった。奇妙なくらいに、もやもやする。


 今の私にとって、彼は懐かしさをかきたてるだけの存在で、それ以上の親しみは感じていなくて。むしろ、彼の押しの強さに困惑していて。


 なのに、彼がこちらを向いていないというだけで、妙に胸がざわつくのはどうしてだろう。


「……気になるか?」


 ぼんやりと前を見ていたら、ニルスが隣に並んできた。足並みをそろえて歩きながら、ううんと小さくうなる。


「……気になる、というほどでも……」


 なぜだか、オズワルドのことを気にしていたことをニルスに知られたくないと、そう思えてしまった。


「それより、私たちも何か話しませんか。無言のまま、というのもどうかと思いますし」


 ごまかすように、話をそらす。するとニルスはまた不機嫌そうな顔になって、ふいと顔をそらしてしまった。


「……あいにくと、僕は女性が好むような話は持ち合わせていない」


「私も、社交の場で使えるような話題は持っていなくて……」


 そう返したら、ニルスが小さく笑った。


「そうか」


 それから私たちは、ぽつぽつと話していた。私は、日々の鍛錬について。ニルスは、政治や経済について。


 少しもかみ合っていない、というかどうしようもなく堅苦しい話は、意外にもよどみなく続いていた。


「そうだ、一つ聞いてもいいか」


 話の合間に、ニルスがそう切り出してきた。


「君は近衛騎士になりたいと言っているが、どうしてそんな夢を抱くようになったのだろうか」


「……理由、聞いても笑いませんか?」


 ニルスなら笑うことはないだろうなとそう思いつつ、一応尋ねてみた。彼がうなずいたのを確認してから、小声で続ける。


「私、側室の娘で……母は、旅の歌姫だったんです」


 お母様たち。今頃どうしているかな。二人で仲良くお茶を飲みつつ、この学園についての話を聞いているかもしれない。


 平民の出であるお母様は、この学園には入学していない。そんなこともあって、私をここに送り出すときには大いに心配していたものだ。まあそんなお母様を、お義母様が笑顔でなだめていたのだけれど。


「母は子守歌として、色んな歌を聞かせてくれて……その中でも、女騎士が活躍する物語の歌が、大好きだったんです」


 話してしまってから、ちょっと子どもっぽかったかと思ってしまう。近衛騎士になるという夢を恥ずかしいと思ったことはなかったし、そのための努力も怠っていない。


 でも、きっかけが子守歌というのは。この話を知っているのは、お母様だけだし。


 ニルスはどう思うだろうか。彼の返事を待っていたら、思わぬほうから声がした。


「ああ、そういうことだったのか……やっと謎が解けた。素敵な夢じゃないか」


 前を歩いていたオズワルドが、いきなり振り向いて笑った。その隣のビビアンが、むっとした顔になる。


「もしきみが近衛騎士になれなかったら、フリード家の騎士になるというのはどうだろう? 歓迎するよ」


 その言葉に、私もつい笑ってしまった。記憶の中に、何か引っかかるものを感じながら。


「……それはありがたい申し出ですが、一族の方々が反対するでしょう。当主と同世代の女性騎士を迎え入れるというのは……」


「いや、反対意見は俺がねじふせるよ。言いくるめるのは得意だしね」


 きっぱりとそう言って、オズワルドはいたずらっぽい笑みを返してきた。


「もし本当に、うちに来たくなったら言ってくれればいい。歓迎するよ」


 それからいくら尋ねても、オズワルドは答えてくれなかった。ただニルスがどんどん不機嫌になっていくのが、ちょっと不思議だった。

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