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10.不思議な手に導かれ

 学園の相談室、そこにいた謎の美女メリュジーヌ。間違いなく私たちは初対面なのに、彼女は私の名前を当ててみせた。


「え、どうして私の名前を……」


「あたくし、知っていたのよコレット。今日このとき、あなたがここに来るって」


 彼女は妖艶な笑みを浮かべたまま、そんなことを言い放つ。


「どうして知っているのかって、そう聞きたげな顔ね。実はあたくし、ちょっと占いが得意なの」


 占い。あまりにも非現実的な話に、思わずあんぐりと口を開けそうになる。そんなはずはない、彼女はきっと何か別の手段で、私の名前を知ったのだ。


 相談役だかなんだか知らないけれど、この人は信用できない。そう思った、まさにそのとき。


「あなたはここに、恋愛の悩みを打ち明けにきたのではない」


 彼女の口調が突然変わった。さっきまでの舌ったらずなものから、荘厳さすら感じさせるものに。


「あなたは今、混乱している。真実がどこにあるのか、分からずに」


 その言葉に、混乱してしまう。だってそのことは、ニルスにしか打ち明けていないのに。どうして、彼女が知っているの?


「あえて、私は問うわ。真実を追い求めることに、意味はあるのかと」


「真実を、追い求めること……」


 自然と、そうつぶやいていた。私はずっと、小さなオズワルドと今のオズワルドを比べ続けていた。そうして勝手に違和感をつのらせて、困惑して。


 もしかして、私は何か間違っていたのかもしれない。ふっと、そんな気がした。


「あなたの胸のうちには、もう答えがある。からみあった思惑の糸に足を取られて、そこまでたどり着けていないだけで」


 そこまで言ったメリュジーヌは、ふうと息を吐いた。そうして、ふわんと柔らかな笑みを浮かべている。元と同じだらんとしたその雰囲気が、なぜかもう不快には思えなくなっていた。


「……あたくしからの助言は、ここまで。ほかに何か、聞いておきたいことはあるかしら?」


「いえ……なんだか、考えるための道しるべのようなものを、いただけた気がします」


 自然と、笑顔になっていた。彼女の言葉は、すとんと胸に落ちてきた。ここから先の答え

は、自分で考えて手に入れるべきだ。そう思えた。


 私の返答を聞いて、彼女は満足げに笑う。そうして、また口を開いた。


「で、相談料なのだけれど」


「え、そんなものを取るんですか!?」


 意外だ。ここも学園の一部なのだし、てっきり無料で使えるものとばかり。


「ふふ、身構えなくても大丈夫。ちょっと手を貸してもらうだけよ。悩んでいるときは、体を動かしたほうがいいもの」


 きょとんとしている私に、彼女は手をひらひらと振ってそう言った。


「……それにあたくしは、意味もなく手伝いを頼んだりしないわ」


 分かるでしょ? と言わんばかりに、彼女はばちりと目をつぶってみせる。


「つまり、貴女の手伝いをすることに、意味がある……と」


「ええ。あたくしの言うことを素直に聞いておくと、いいことがあるかもしれないわよ」


 ちょっと前の私なら、そんな馬鹿な、と一蹴していただろう。けれど今の私には、彼女の言葉が素直に信じられた。


 そうして力強くうなずく私に、彼女はまた嬉しそうな笑みを向けたのだった。




 メリュジーヌが私に頼んだのは、学園の書庫の整理だった。普段学生たちが使っている図書室とは違い、ここは主に教師たちが使う場所だ。


 ちょっとだけでいいから整理してちょうだい。適当なところで切り上げてくれていいから。そんな言葉をもらい、書庫に向かう。


 そのへんに積みあがった本を、一冊ずつ正しい位置に戻していく。単純な、でも達成感のある作業。


 淡々とそんなことを繰り返していたら、ちょっと心も落ち着いてきた。作業を楽しむ余裕すら出てきた。


 そのとき、人の気配がした。書庫の入り口の扉が開く音がして、小さな靴音が近づいてくる。書庫の中は高い書棚がみっしりと並んでいて見通しが悪いから、誰が来たのかは分からない。


 とはいえ、ここは学園の中、それもかなり奥だ。こんなところまでやってくるのは、教師くらいのものだろう。


 そう考えて、のんびりと作業を続ける。やがて靴音の主が、書棚の向こうから姿を現した。


 やってきたのは、ニルスだった。


 彼は私の姿を見るなり、はっとした顔になる。そうして無言のまま、くるりと背を向けた。


「待って!」


 持っていた本を取り落とし、ニルスに駆け寄る。そのまま、彼の腕をそっとつかむ。あのとき、オズワルドに打たれたのとは反対の腕を。


「私と口をきかないこと。それが、オズワルド様が出した条件ですよね?」


 不思議なくらい、心臓がどきどきしていた。信じられないくらいに、緊張していた。


「でしたら、私がこうやって話して、ニルス様がうなずくくらいなら許されるはずです!」


 そこまで言い切って、ふとある可能性に気づいてしまう。


「その、ニルス様が嫌なのでしたら……話は別ですが……」


 ニルスは一瞬顔をこわばらせて、それから力いっぱい首を横に振った。そのことに、ほっとする。


「どうして、あんな決闘を受けてしまわれたんですか……譲れないもの、って……」


 やはり、ニルスは答えない。辛そうに目を伏せて、黙りこくっている。


「……答えてはもらえないんですね。決闘のしきたりですから、仕方ないのかもしれませんが……」


 オズワルドは、しばらくの間、と言っていた。それがどれだけの期間を意味するのか、分からない。もしかして、オズワルドに頼めば短くしてもらえるかもしれない。


 でも、それはそれでまた交換条件をつけられそうな気もする。もしかしたら、また一緒に城下町に行こうということになるかもしれない。そう考えたら、ちょっぴり気が重くなった。


 そんなことを考えているうちに、気がつく。自分の中にある、強い思いに。


「……私、貴方と話せないのは、寂しいです……」


 ああ、なんだ。簡単なことだった。小さなオズワルドと今のオズワルドの違いについて考えるのをやめたら、すぐに答えが出た。


「オズワルド様には申し訳ないのですが、あのかたはすっかり変わってしまわれました」


 ひどい話だとは思う。九年前、一緒に頑張ろう、強くなろうって約束したのに。そうして強くなった彼を、私は拒絶している。


「あのかたはフリード侯爵家の跡継ぎとして、よりふさわしい存在になられたのだと思います。でも私は、昔の懸命なオズワルド様のほうが好きでした」


 でもこれが、私の本音だった。私、今のオズワルドは苦手だ。


「……貴方と一緒にいると、思い出すんです。九年前のことを。その、オズワルド様と比べてしまうのは、悪いと思うのですが……」


 きっとニルスは、オズワルドと比べられ続けていたのだろう。オズワルドの言動のはしばしに、兄を見下すような響きがあるから。


 彼は自分が、兄よりも上なのだと分かっている。それを踏まえて、こんな決闘をふっかけた。自分の勝利を、確信して。


 本当に何をどうやったら、あの子どもがああなるのか。でもそれは、考えても仕方がない。大切なのは、私の思い。


「それでも、私は貴方のそばにいるほうが、ずっと心地いいんです」


 ニルスの目をまっすぐに見つめて、少しの迷いもなく言い切る。彼はまた泣きそうな目をしたけれど、すぐに大きくうなずいてくれた。

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