1.なんともおかしな学び舎へ
「ほらっ、行くわよコレット! 入学式の時間が近づいてるんだから!」
私の少し前で、巻いた金髪が揺れている。
「ビビアン、まずはこの荷物を寮に置いてからです」
「もう、だったらさっさと終わらせてよ!」
金髪の乙女、私の妹であるビビアンが立ち止まり、不満げな顔をこちらに向けた。
これから私たちは、王都にある学園に入学し、三年間をそこで過ごす。この国の貴族の子女なら、誰もが通る道だ。
私の手には、大きなトランクが二つ。中には、二人分の衣服やこまごましたものが詰まっている。
貴族の子女は学園に入学する際、もれなく寮に入ることになっている。しかしそこには、メイドは連れていけない。最低限のことは、自分でしなければならないのだ。
必要な荷物を自分の手で運ぶのも、その一つだ。しかしビビアンは大いにごねて、自分の分のトランクをこちらにおしつけてきた。こんな重たいもの、わたくしには持てないわと、そう言って。
「入学早々遅刻だなんて、恥ずかしいじゃない!」
……入学式に遅れそうになっているのも、彼女が身支度に手間取ったからなのだけれど。
ふうとため息をついたそのとき、風が私の銀髪を舞い上げた。
私とビビアンはミスティ伯爵家の娘で、二人とも十六歳。けれど、血は半分しかつながっていない。
側室の娘である姉の私と、正妻の娘である妹のビビアン。
私は銀の髪に紫の目で、彼女は金の髪に青い目。私はどちらかというと物静かで落ち着いた雰囲気らしいのだけれど、彼女はとてもお喋りで、表情も豊かだ。とにかく私たちは、似ていない。
こういう場合、血のつながりのあれこれで家庭内でもめたり、険悪になったりするのが普通だと思う。
しかし、私のお母様とビビアンの母――私はお義母様と呼んでいる、この二人は意外と仲がよかった。家庭内も、大きなもめごとはなかった。
私たちが生まれる前は色々あったらしいのだけれど、今の二人は戦友のような雰囲気を漂わせている。どうにも頼りにならないお父様の分もしっかりしなくてはと、手を取り合ったらしい。
だから、私は側室の子ながら特に不自由なく、割とのびのびと育つことができた。……ビビアンの存在を除いては。
家族の中でビビアンだけは、どうにも私のことが気に入らないようだった。彼女はまだ子どものころから、こうして私を地味にいびっているのだ。
私が彼女に対して丁寧な言葉を使っているのも、彼女の機嫌を無駄に損ねないためだ。別に損ねたところで何かに困るという訳ではないけれど、ぎゃあぎゃあ金切り声で騒ぐので、純粋にうるさい。
だからこうして、彼女に気を遣いながら過ごしていた。とはいえ、そのこと自体はそこまで気にしてはいなかった。私には、夢があったから。
大きくなったら家を出て、王宮に仕える近衛騎士になりたい。それが子どものころからの、私の夢だった。
私は昔から野山を駆け回るのが好きだったし、屋敷の兵士たちに鍛錬の仕方を教えてもらうのも好きだった。もちろん、礼儀作法や教養についてもしっかり学んでいた。近衛騎士になれば、これらの経験を活かせる。そう思ったのだ。
とはいえ、この夢がかなうのは、まだまだ遠い先のこと。だから私はお母様とお義母様の二人以外にはこの夢を伝えずに、懸命に鍛錬に励んでいたのだった。
そうやって日々体を鍛えている私にとって、トランクを二つまとめて運ぶことくらいは余裕だった。
それはそうとして、ビビアンののんびりした足取りに合わせていたら、本当に二人そろって遅刻してしまう。
「……分かりました。貴女は先に、講堂に向かっていてください」
そう言い残して、トランクをひっさげたまま、女子寮目指して軽やかに走り出す。
春先の風がとても心地よく、頬をなでていく。思わず笑顔になった拍子に、ふと昔のことを思い出した。
「あの子も、そろそろ入学しているはず……もしかしたら、どこかで会えるでしょうか……」
そうつぶやきながら、さらに足をせっせと動かした。
寮の部屋にトランクを置いて、大急ぎで講堂に向かう。寮と学園は隣接しているけれど、それでもそこそこ距離がある。
ようやく講堂の扉の前にたどり着いたとき、舌打ちしそうになった。中から、校長のものらしき男性の声がしていたのだ。
「……遅刻してしまいましたか」
周囲に、ビビアンの姿はない。おそらく彼女は遠慮なく、私を放置して講堂に入っていったのだろう。
さて、どうするか。
この学園は、一応学び舎ではあるけれど、実はもう一つ、ちょっと特殊な役割を担う場所なのだ。というか、この学園を設立した時の王は、もう一つのほうの役割を重視していたらしい。
そんなこともあって、学業やらなにやらは、別に適当でも構わない。つまり、入学式に遅刻しようが欠席しようが、特に問題にはならないのだ。
ただ私は、そのもう一つのほうとやらには興味がない。あくまでもここできちんと学び、自らを高め、近衛騎士という夢に近づくのだ。
つまり私が取るべきは、校長の話を中断させてでも途中入室すること。でもそんなことしたら、嫌というほど目立ってしまうだろうな。でも、ここでつっ立っていても仕方がない。
大きな両開きの扉、その取っ手に手をかけたとき、横合いから声をかけられた。どうやら、考え込んでいるうちに近づかれていたらしい。近衛騎士志望の身としては、かなりの失態だ。
「どうしたのかな、きみ? 新入生?」
黒い髪に緑色の目の青年が、興味深そうに目を見張って私の顔をのぞきこんでいる。目元涼やかな、中々の美青年だ。長く伸ばした髪を、首の後ろで緩くまとめている。
「俺も新入生なんだ。でも、遅刻しちゃってさ」
そして彼は、やけに親しげに話しかけてくる。
「校長の話が終わるまでもうしばらくかかるだろうし、俺とその辺でお喋りでもしない?」
少しも悪びれずにそう言うと、彼は片目をつぶって手を差し出してきた。ちょっとした逢引へのお誘い、といったところか。
……なるほど、彼は『この学園のもう一つの目的』に忠実らしい。
この学園を建てた王は、それに合わせて珍妙な決まり事を定めていた。
一つ、貴族の子女は十五歳を過ぎたら学園に入学すること。ただし、入学を遅らせることは構わない。
一つ、貴族の子女は学園を卒業するまで、婚約及び結婚することはできない。
一つ、学園生活を通じて結ばれた二人については、校長に届け出た時点で正式に婚約が成立したものとする。何人たりとも、その婚約に異議を申し立てることはできない。
学園に集められるのは、十五歳から二十歳くらいの子女だ。年の近い男女を一か所に集めることで、自然と仲が深まり、恋が生まれる。
時の王がたくらんだのは、そんなとんでもないことだった。若者がのびのびと恋をはぐくむことのできる国にしたいとか何とか、それが王の主張だった。
ただ、そのたくらみは意外な結果を生んだらしい。
学園には、最上位の公爵家から最下位の男爵家まで、様々な立場の子女が集まる。そして本来なら身分違いだった夫婦も、次々と生まれていった。
その結果、国内における貴族たちの結びつきが複雑かつ広いものになり、結果として国全体の連帯感が増したとかなんとか、そんな感じになっているらしい。
とはいえ、全員がこの学園で伴侶を見つけるというわけでもない。ここで未来の伴侶に出会えるのは、だいたい五割程度だと聞いている。
あとの五割は、うまく相手を見つけられなかったり、あるいは私のように、恋愛に興味がなく学問などに打ち込んでいたり。
実際うちのお父様は、ぼんやりしていたら何事もなく卒業してしまい、卒業後に親が持ってきた縁談を受けて妻をめとるも、旅の歌姫に恋をしてしまって……そうして、現在に至る。我が父ながら、ちょっと間が抜けていると思う。
それはそうとして、この青年をどうしよう。逢引の誘いに応じるつもりはないし、ささっと中に入りたいのだけれど、彼はさりげなく扉に手をついて、私が扉を開けるのを邪魔している。
「あれ、きみ……」
考え込んでいたら、青年が私の顔をのぞき込んで目を見張った。
「前に、どこかで会ってない?」
……これは定番の、口説き文句。私だってそれくらいは知っている。
でも、残念でした。
将来ミスティ伯爵家を背負うのだと息巻いて社交の場に顔を出しまくっているビビアンはともかく、近衛騎士になろうとしている私は、そういった場には一切顔を出していない。だって、学問や鍛錬で手いっぱいだし。
つまり私はこれまで、同世代の人間とどこかで会うような状況に身を置いたことがないのだ。
しかし、人違いですよ、と言いかけて、ふと引っかかるものを感じた。……この人、見覚えがあるような……?
ええ、でも私が知っているのって……。
「オズワルド?」
ためらいがちにそう呼びかけたら、彼はにっこりと笑った。




