風烈過ぎて車騎を奔らす
仁吉と別れた泰伯は換装を一度解除して再換装した。体力面ではかなり消耗したが、傷は回復している。
そして先ほどの気配のした方向へ走っていく。
思った以上にそこは自分たちの近くということが分かった。
(これは……駐輪場のあたりか。本当に目と鼻の先じゃないか!!)
格技場から駐輪場までは歩いても三十秒もかからない距離である。
冷静になればそこからは何か嫌な気配が地面から悪性ガスが吹き出すような勢いでしているのだが先ほどまでの泰伯はそんなことには全く気がつかなかった。凰琦丸との戦いでそれどころではなかったからだ。
この先に何が待つのかはわからない。
しかし仁吉と約束した以上、退くという選択肢はない。覚悟を決めて入ろうとしたが――そこで泰伯の体は見えない壁のようなものに弾かれてしまった。
「あれ?」
何度か試してみて、それでも入れないとなると入る場所を変えてみたりもしたが結果は同じである。
どうしたものかと考えていたところ、唐突に耳元から声がした。
『困っとるねぇ、泰伯クン』
「……犾治郎か。胃に悪いから急に通信札で話しかけるのやめてくれないかい?」
『なんや、存外胆がちっこいねんな泰伯クンは』
「唐突な君の声が胃に悪いんだよ……」
『あ、泰伯クンそうゆうこと言うんやね。じゃあもうその結界の破り方教えるのやめとこかな』
「すいませんでした教えてください犾治郎先生!!」
犾治郎に冷めた態度を取っていた泰伯は一瞬で手の平を返した。胡散臭い、どこか信用ならない、少し怖いという印象の犾治郎であるがこと異能のこととなれば頼りになることには違いない。
『ん、まあええよ。その代わりちょっと待とか。そろそろそこに――援軍が来そうやしや』
「援軍? 君が来てくれるんじゃないのかい?」
『僕はちょっと事情ゆーか、信条ゆーか……まあ、色々あってな。直接力にはなったれへん。その代わりに僕が調べたことは全部教えたげるよ』
「調べたって、いつの間に?」
『この一週間くらいかな。ついでやから謝っとくとな。実はボク、最初から今回の事件のこと知っとってん』
「なっ!? ちょ、どういうことだよそれ!?」
泰伯が声を厳しくする。犾治郎はしかし態度を崩さない。
『一週間前に学校に怪物がぎょーさん出たことあったやろ。あの時に旧校舎からある物が盗まれてん。というか前回のあれはそれを盗み出すことこそが目的やったからな』
「あぁ、あの包帯の女性かい?」
『そうそう。彼女はそれを使ってある儀式を行おうとしとる。ボクはその儀式の発動条件を潰そ思てこの一週間色々とやっとってんけど――邪魔されて無理やった』
「邪魔か。それも不八徳にかい?」
『うん。とにかく出鱈目に強い奴にな。それで、いよいよ儀式が行われそうになった。とはいえボクは今回の黒幕、包帯の彼女と戦う気はない。だから泰伯クンを鍛えて儀式を潰してもらう方向にシフトしたんや』
そう語る犾治郎は少しだけ申し訳なさそうな口調だった。
「――それを今話すんだね」
『泰伯クン、これから死ぬかもしれんからな。今のうちに言うとかな不義理やろ』
犾治郎はあっさりと言う。しかし泰伯はそれを咎めはしなかった。
「ちなみさ。僕が死んで、その儀式とやらが完了してしまって――それでも君は、彼女と戦うのは嫌なのかい?」
『うん。それがボクがシンドバッドの奴と交わした契約やからな。だから泰伯クンにも他のことなら協力したるし情報も渡すけど、これだけは譲れへんよ』
そうか、と泰伯は静かに言った。その言葉に怒りはない。
「わかったよ。譲れないものは誰にだってあるからね」
『ごめんな』
「それはそれとして、知ってることは教えてくれよ。後はその、援軍とやらのこともね」
『ああそれやったら――』
と言いかけたところで背後から大きな声が聞こえた。一つは笑い声、もう一つは絶叫である。
「ほら行け行け進めー!! このまま突撃じゃー!!」
「ちょ、タンマタンマホントに待ってくださいッスーッ!! 死んじゃうッスよこれマジでー!!」
遠くから聞こえてきたと思った二つの声はあっという間に近くまで来た。そして、何かが駐輪場のほうに降って来たかと思うと、激しい音を立てて木が弾けるような音がした。
そしてその中から二人の少女がよろよろと立ち上がってくる。その内の一人、赤髪をした小柄な少女と泰伯は面識があった。
「あれ、確か君は――三国蒼天さん、だったかな?」
「そういうおぬしは玲阿の兄君ではないか」