everything but the moon_2
これでひとまずなんとかなったと、蒼天は安堵の息をついた。
その時だった。
蛙の怪物を縛り付けている綱を引いている二台のチャリオットが宙を舞う。その余波で蒼天とサヤも吹きとばされてしまった。
『う、嫌だ、嫌だ。嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だぁぁぁぁッッッッ!!!!』
蛙の怪物が初めて人語を発した。
それは子供の駄々のようなもので、しかし悲痛な願いを含んでいる。
「どうなっておるサヤどの!? 触れればそれで解決するのではなかったのか!?」
『ああそうだ。私の力は神気、邪気といった森羅万象のあらゆる凄絶なる気の力を閉じ込めるものだ。そしてその力は問題なく発動している!!』
「では何故こうなる!?」
『膨大な邪気……いや、これは神気か? そいつが収束し元の逆瀬川忠江という人間の形に戻るまでの残響みたいなものだろう』
蒼天は舌打ちをした。
終わったと気を抜いた自分も愚かだったし、触れれば解決するというサヤの説明の仕方にも腹が立つ。
いや、おそらくこれはサヤも想定外なのだろうということはその反応で分かる。それほどまでに忠江の中にある何か――邪気や神気というものは桁外れだったのだろう。
(忠江……。おぬしは一体…………?)
何者なのか。そんなことを考えたが、その余裕もない。
蛙の怪物はチャリオットと繋がったままの綱をぶんぶんと振り回しており一体は暴風雨のど真ん中のような惨状になっている。
蒼天はとりあえずチャリオットを消したが、直後にそれは悪手だったと気付く。
もはや自分を縛るものが無くなった蛙の怪物は蒼天たち目掛けて全速力で突撃してきた。
『帰る、帰る、帰るの!! 私はただ――戻りたかっただけなのに!!』
泣きわめくように蛙の怪物は叫ぶ。
しかしその体は、確かにサヤの言うように力が収束しているらしくかなり小さくはなっていた。この一撃を凌ぎさえすれば元の忠江に戻るだろう。
しかしそれを凌ぐというのが難関だ。
蛙の怪物が暴れまわったせいで足場は荒れ放題になっており、加えてその突進の速度は今までよりも格段に速い。
反射でサヤを抱えて横に跳びながら、しかし避けきれそうにない。蒼天の脳裏に死が過ったその時だった。
「竜骨唐楯!!」
何者かが二人の前に立ちはだかった。
蒼天よりもさらに小柄な少女である。彼女はしかしその体に似合わぬ大きな二つの木の楯を持ち、それを前に差し出すことで蛙の怪物の突進を受け止めていた。
体が収縮しているとはいえ少女と蛙の怪物には圧倒的な質量差がある。だというのに彼女はその突撃を受け止めて僅か半歩の後退すらしていない。
そうして少女に防がれたところで、その体はみるみる縮こまっていき、元の逆瀬川忠江の姿に戻っていった。
「ふぅ……はぁ……。えっと、大丈夫ッスか、三国さん?」
目尻に涙を浮かべ、恐怖で口元を震わせながら少女は振り返る。その相手のことを蒼天は知っている。
「おぬしは……南茨木パナソニック!!」
私は碇 海底に噛み付く要石
私は帆 風を受け止める布衣の翼
私は櫓櫂 凪に漕ぎ出でる動力源
私は光 嵐の中の一つ星
溺れる者を掬い上げ
倒れる者を包み込み
迷う者に道を示し
挫ける者を引き起こし
退路なき旅に連れ立つ
勇士の決意を背に受けて 死地に活路を切り開く
そう、私は 龍の背骨