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BARBAROI -鬼方の戦士は八徳を嗤う-  作者: ペンギンの下僕
chapter2“a*en**r b*ea*s *ein**r*ation”
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no moon lights up honestheart

 凰琦丸がしたのはおよそ人間技とは言い難いものだった。

 投げられたとわかるや、手首の力だけで刀を投げて左手で受けとめる。そのまま――投げられながらの状態で刀を振るって仁吉の左腕を斬ったのだ。

 流石にそれだけのことをして着地までは出来なかったらしく背中から地面に落ちることにはなったが、結果として仁吉には大きなダメージがはいった。

 しかしどうあれ仁吉が凰琦丸を投げ飛ばしたことは事実で、仰向けに横になっている現状も変わらない。

 仁吉のことを心配するより先に泰伯は駆けた。その左手には拘束札が握られている。

 凰琦丸はそれを見て、寝転がったまま刀を振るった。遠隔斬撃が飛んでくる。狙いは泰伯の左手だ。

 泰伯はそれを避けなかった。

 肘のところで切断された左手が宙を舞う。しかし泰伯の足は止まらない。それどころか、突かれた右手を振り回して――何枚もの拘束札を投げつける。


「――甘い」


 だが凰琦丸は自分の目の前を舞うそれらの札を一瞬で斬り裂いた。泰伯が「縛れ」という言葉を口にするよりも先に。

 だがその行動のせいで凰琦丸は泰伯に接近を許してしまった。

 刀を持つ左手を泰伯の右手に抑えられた。

 しかし凰琦丸はそれを脅威とは感じていない。手負いの右手で抑えられようとも振りほどくことなど苦ではなく、泰伯に左手はない。

 そのわずかな油断が勝負を分けた。

 泰伯は凰琦丸のほうに顔を向けると口から何かを吐いた。窮した者の苦し紛れと思ったが、違う。

 それは――丸められた拘束札だった。


「縛れ」


 そう口にする瞬間、泰伯は全体重を右腕に掛けた。斬られた腕にそんなことをすれば激痛が伴うがそんなことはお構い無しである。

 とにかく拘束札が起動するまで凰琦丸に刀を振るわせないこと。そのためにすべての力を注ぎ込んだ。

 そして――。

 丸められた札から黒い帯が伸びていく。切り払おうとする凰琦丸の腕を泰伯は決死で押さえ込んだ。

 泰伯が叫ぶ。わけもなく叫ぶ。

 腹から声を出すことで少しでも腕に入る力が増すような気がするからであり、ここで決められなければ確実に自分と仁吉は殺されるとわかっているからだ。

 結果として。

 拘束札は凰琦丸の体を縛り付けることに成功した。それを見てもすぐには安心出来ない泰伯であったが、凰琦丸に動く気配がないのを確認すると――。

 さらに追加で三枚、拘束札を凰琦丸に投げて束縛を強固にした。


「心配性ですね貴方は。そうまでせずとも今の私にこれを自力で抜ける手段はありませんよ」

「ええ、おそらくそうなのでしょう。ですが万が一ということがあります。詰めを怠って勝ちを逃がしてしまっては南方先輩に申し訳が立ちませんからね」

「なんだよ……。人を、死んだみたいに言いやがって……」


 仁吉は呼吸を荒くしながら格技場の床に仰向けに寝ている。血を大量に流し、肩で息をしているが死んではいない。


「そういうつもりはありませんよ。ただただ、先輩の尽力に感謝を示しているだけです」

「勝手に首突っ込んできといて、まるで、僕がお前を手伝ってやった、みたいな物言いをするじゃないか」

「そうは思っていませんよ。ですが、夙川先生がこうなった時に近くにいたのが先輩でよかったとは思っています。先輩には甚だ不本意でしょうけれどね」


 それは嫌味や皮肉などではない。

 そして、泰伯のそういう素直な言葉こそが仁吉の癇に触るのだということに泰伯は気づいていない。

 南方仁吉は茨木泰伯のことが嫌いだ。大嫌いなのだ。

 だから、こんな喋るだけで辛いような状態でも無言や触りのいい言葉で流すということが出来ない。


「そもそも僕が先生の近くにいたのはだな――」

「はい」

「お前が学校を休んだせいで、僕が代打で校内巡回してたからだよ……」


 それを聞いた途端、泰伯の顔から血の気が引いていく。仁吉は冷めた目でそれを見ていたが、泰伯が剣を首筋のあたりに持っていったあたりで血相を変えた。


「やめろアホ!!」

「止めないでください。こうなればもうこの首で償うしか……!!」

「お前の首なんて誰がいるか!!」


 そう叫んでから、仁吉は自分の肺が斬られていたことを思い出す。絶叫が傷口に響いて形容しがたい激痛が仁吉を襲った。

 泰伯が案じて駆け寄ったその時である。

 空気が震えた。

 正体はわからないが、何かが起きている。それは間違いなくこの騒動の中心であり、この事件の核心だと二人は肌で感じ取った。


「……行けよ」


 仁吉は素っ気なく言う。


「……ですが」


 泰伯はそんな仁吉のことを気にかけていた。


「いいから、行ってこい。お前がこの事件を、解決しろ。そうすれば……今日の件はチャラにしてやるよ」

「――わかりました」


 泰伯は真っ直ぐ仁吉の目を見て言った。

 そうして格技場を出て走り出す。


「素直ではありませんね、貴方は」


 そんな二人のやり取りを見ていた凰琦丸は笑っていた。


「まさか。僕はあいつに、照れ隠しとか、気遣いでああ言ったわけじゃ……ありませんよ……」

「違いますよ。そうではなくてですね」

「……なんですか?」


 仁吉は眉をひそめる。

 位置的に顔は見えないがその顔が笑みに包まれていることだけは声でわかるからだ。


「本当は彼のことを――殺してやりたいと思っているのでしょう?」


 穏やかな声はそのままに凰琦丸はさらりと物騒なことを言った。


「……そうなら、あいつが首刎ねようとした時に、止めたりはしてませんね……」

「あら、聞こえませんでしたか? 私は死ねばいいと言ったのではありませんよ。殺してやりたいのでしょう、と言ったのです」


 もう一度、念を押すようにはっきりと凰琦丸は言う。

 仁吉はその言葉に、


「さぁ……。どうですかね……?」


 曖昧な返事で誤魔化した。

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