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BARBAROI -鬼方の戦士は八徳を嗤う-  作者: ペンギンの下僕
chapter2“a*en**r b*ea*s *ein**r*ation”
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chance is behind you

 泰伯は仁吉の援護を受けながら凰琦丸を攻め続ける。

 相談した通りに、泰伯は先程よりも前のめりになり、逆に仁吉は要所要所で近寄りながらも遠巻きに“スパークス・ウィル・フライ”で凰琦丸の動きを阻害することが多くなった。

 その方針の変化は当然、凰琦丸にもすぐにわかる。


(ふむ、剣士の彼――茨木泰伯くんでしたか? 彼を主攻に立てますか。剣による遠当は確かに便利な技ではありますが私に対して有効打にはなり得ない。それはわかっているはずですが――。それとも、他に何か“鬼札”を隠しているというのであれば……興味がありますね)


 そう思い、二人の狙いを防ぐのではなくむしろ誘うように立ち回った。

 この膠着をそれなりに楽しんでいた凰琦丸だったがそろそろ飽きてきた。といって自分から状況を変えようとはせず二人の狙いを誘おうとしているのは余裕の現れである。

 仁吉がまた凰琦丸に寄ってきた。鉤爪の攻撃を受け止め、そのまま打ち合う。凰琦丸の剣は、もちろん鋭いことには違いないのだが受けきれないことはない。

 それが手加減だということは仁吉にもわかる。


(……手を抜かれてるな。これは、誘われてる気がするが――)


 しかし好機であることには違いない。

 仁吉は後ろにいる泰伯に目で訴えかけた。それを見て取って泰伯も動く。左手に無斬を、右手に拘束札を持って凰琦丸に接近した。

 仁吉が十分に敵を引き付けていたので凰琦丸には今から振り返って泰伯に対処する時間はない。もし振り返ろうものならその時は仁吉は容赦なくその背を切り裂くつもりでいた。

 凰琦丸はそこで、仁吉の攻撃が途切れるほんの一瞬を狙い、首だけでちらりと後ろを見た。そしてそのまま、仁吉のほうを向いたまま背後の泰伯の右手を突き、返す刀で振り下ろして仁吉の胸を袈裟懸けに斬りつけた。


「縛符とは少し意外でしたが、接敵しないと使えないものを無理に使おうとするのは感心しませんね。剣士が得物から片手を離してまで狙うことではありませんよ」

「……そう、ですね」


 凰琦丸は振り返って窘めるようや口調で言った。

 腕を斬りつけられた泰伯はその手を庇うことなく左手一本で無斬を構えている。

 仁吉はというと、斬られたところを手で押さえて蹲っている。左の肺が深く斬られた感覚があった。


(くそ、なんだよあの斬り方……。ノールックの後ろ突きからの袈裟斬りとか、ほとんど、曲芸みたいな剣術じゃないか……)


 肩で息をしながら仁吉は心の中で毒づく。今は凰琦丸は仁吉に背を向けており、好機ではあるはずなのだが、すぐに立ち上がることが出来ない。

 それがわかっているからこそ凰琦丸は泰伯のほうを向いたのだ。


「さて、まだやりますか? 諦めれば楽に死ねますよ?」


 圧倒的な差がある。

 それも能力の特異性や武器の性能などではない。純粋な実力の差だ。

 単純な積み重ねた場数の違い。地力の開き。それを埋めることはとても困難だということを二人は知っている。何故なら二人は、修めたものこそ違えど武道を学び、それなりに強い身である。その強さとは日々の積み重ねによって手にしたものだからだ。

 今日学んで明日通用する技などない。

 実力差が大きいほど勝負に運の介在する余地は少なくなる。

 そして自分たちよりも凰琦丸のほうが戦いの経験値において勝っている。

 勝てる要素などほとんどない。

 二対一というだけでは、対等には程遠い。

 それでも――。


「「――断る!!」」


 二人は異口同音にそう叫んだ。

 その答えを待ち望んでいたように、凰琦丸は泰伯に斬りかかる。

 慈悲を見せるようなことを言いながら、戦う意思を示した者には容赦しない。それこそが礼儀だと、それこそが誠意だと言うように殺意を込めた刀を容赦なく振り下ろす。

 片手では受けとめきれない。そう判断して泰伯は後ろに倒れこんだ。尻を地面に付け、左手で剣を横に構えて、さらに剣の腹を右足で蹴って凰琦丸の刀を止める。


「生き汚く往生際が悪いですね。嫌いではありませんが、自ら地に倒れても活路は狭まるばかりですよ」

「そうでも……ありませんよ。活路は、貴女の後ろにありますからね」


 凰琦丸はその言葉の意味を即座には理解出来なかった。それを理解した時には、自分の首目掛けて仁吉の鉤爪が迫っていた。

 しかし凰琦丸にとってそれはまだ、目で追って躱せる速さでしかなかった。刀に込める力はそのままに、仁吉の右手から放たれた一撃を難なく避ける。

 しかし――。


「……初めて、こっちが一手上回ったな」


 その時、仁吉の左手は凰琦丸の右手首を掴んでいた。

 凰琦丸が刀を握っているほうの手である。


「掴んだ程度で何を……?」


 所詮、仁吉は手負いである。あっさりと振り払おう。そう思っていた凰琦丸であったが、抑えられたその手が全く動かないことに気づいた。

 上背で言えば仁吉のほうが少し大きいが体格が大きく違うわけではない。しかし凰琦丸にはまるで、手首の上に巨岩を乗せられたような重圧を感じていた。


「これは……」

「いまだ、やれ茨木!!」


 鉤爪で攻撃して、仮にそれが当たったとしても、凰琦丸の動きがそれで止まると仁吉は思わなかった。いまだ傷の一つも与えられてはいないので推測でしかないが、痛みで動きが鈍る可能性は低いと見て――仁吉は自身が修めた術で動きを封じ込めることを選んだのだ。

 その狙いは泰伯にもわかった。すぐに拘束札を左手で持って起き上がろうとする。投げると仁吉ごと拘束してしまうことになるため、凰琦丸の体に直接触れて発動させるしかない。

 それまで仁吉は凰琦丸の手を握って抑えておくつもりであった。

 しかし――。


「知っていますよ、“それ”は。かつて戦ったことがあります。貴方は……まだ未熟ですね」


 凰琦丸は一瞬、全身の力を抜いた。そうして仁吉からの重圧がわずかに緩んだ隙を突いて右手を振り、仁吉の体を泰伯のほうへ転がそうとした。


(くそ、なんで抜けられるんだよ!?)


 体勢を崩されはしたがまだ仁吉は手を放していない。

 漏れ出そうになる悪態を飲み込んで次善の行動に移る。


「――悪い、一度投げるぞ!!」


 凰琦丸の足を払い、左手一本で投げおろす。

 木の床ならば頭から落ちても死にはしないだろう。そして、倒れこませれば取り押さえるのもやりやすくなる。そう考えて――。

 どしん、という響きを立てて凰琦丸が背から(・・・)床に落ちる。

 そして――仁吉の左腕は、肩のところから斬り落とされていた。

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