嗤う戦鬼、就令い爪剣迫るとも_3
格技場の屋根で合流した仁吉と泰伯はすぐに散開した。
それを厄介に思ったのか、凰琦丸が次にとった行動は――足場となっている屋根を寸断した。
その一撃は当然、先ほどまでと同じ遠隔斬撃によって行われているので格技場の屋根はほとんど残らずなくなってしまった。落下する中で二人が気にかけたことは自分たちの安全――ではない。
格技場の中に生徒がいるかもしれないということだ。
(いや、ほぼ間違いなくいるだろ。この騒動が起きたのは部活が始まっててもおかしくない時間だったし――)
そんなことを考えながら仁吉は下を見る。
そこには当然のように、剣道服を着た生徒たちが倒れていた。
仁吉は落下しながら切り刻まれた屋根の破片を蹴って下へ跳ぶ。そして倒れている生徒たちのもとへとむかった。泰伯も同様に手近な生徒たちのもとへ向かう。
しかし二人では手が足りない。
何人かは降り注ぐ屋根の破片から庇いきれない生徒が出てくる。
仁吉は先ほど覚醒した骨喰の、風の刃を飛ばす能力――“スパークス・ウィル・フライ”で迎撃するかとも考えた。泰伯もまた無斬の遠隔斬撃で対応しようと考えている。
しかし、吹き飛ばした破片がどういう軌道で飛んでいくか、という懸念がわずかに二人の判断を迷わせた。
そしてその逡巡の間に降り注ぐ瓦礫は全て――凰琦丸の刃によって切り刻まれて弾き飛ばされていた。
「「――ッ!?」」
それはほんの一瞬の出来事だった。
その気になれば仁吉と泰伯を狙うことも出来ただろうに凰琦丸は二人には見向きもせずに、格技場で倒れている生徒たちを保護するために刀を振るったのだ。
「悪党にしては善い心掛けですね」
凰琦丸はそう言って笑った。
そこには何の含みもない。言葉通りの、彼女なりの二人に向けた称賛があるだけだ。
「それは、どうも……」
泰伯は厳しい目をしながらも、素直にその言葉を受け取った。経緯はどうあれ同じ剣道部の仲間が無事であることへの安堵がある。
「……そもそも、貴女が屋根を斬らなきゃこんなことにはなってないんですけどね」
仁吉はため息混じりに呟いた。
その言葉が本心だろうと察しがつくからこそ、凰琦丸に対して懐疑的になるのだ。
「下に無辜の民がいるとは思いませんでしたから。ですが、そうだとわかった以上は彼らを見捨てられないのが正義の味方の辛いところです」
見捨てられないというのは、これも凰琦丸の本音なのだろう。
しかしそれを語る彼女の瞳は恍惚としていて、それが仁吉にはおぞましさを感じさせる。
正義の味方である自分に酔っているーーという風ではない。仁吉の思うにこれは、
(“正義の味方”という制約を楽しんでる……って感じか?)
というのが所感である。
あくまでこれは仁吉の感想だ。そして泰伯はそんなことは考えず凰琦丸の言葉を真に受けている。
「おい、変に気を緩めるなよ。綺麗事言おうが、実際に無関係な人間が巻き込まれるのを防ごうが、この人は初対面の僕をいきなり悪党認定して殺そうとしてきた危険人物だからな」
泰伯に警告するようにそう言った。
「ええ。危険というのは忘れてませんよ。実際、僕らにはまだ殺意を向けられてますからね」
「わかってるならいいが……。しかし、どうするんだよこれ。剣道部員がいるとなると戦いにくいぞ。場所を移すか?」
「……それをさせてくれる相手ですかね?」
二人が通信札でそう話していると凰琦丸が、二人の懸念を察したらしく口を挟んだ。
「ああ、彼らが心配なのであればどこかに安置してきても構いませんよ。担保に片方が残るのであれば私はその間、何もしないと誓いましょう」
「本当ですか!!」
凰琦丸の提言に飛び付いたのは泰伯だ。
仁吉はまだ怪訝そうな顔をしている。
「ええ。貴方たちからそれを破らぬ限り、私も約を違えはしませんよ」
「なら、お願いします南方先輩」
「嫌だね」
歓喜の色を浮かべる泰伯に、仁吉はつれなく言った。
「元々、この人に狙われてるのは何故か僕らしいからね。人質なら僕のほうがいいだろう。それにな、お前のメロスになるくらいならセリヌンティウスでいるほうがまだ気が楽なんだよ」
「……ですが」
「いいからさっさとしろよ。僕にとって彼らは縁のない後輩だけど、お前は剣道部員で副会長だろうが。なら僕に気を使うよりも先にその責務を果たせよ」
仁吉にとってそれは方便のつもりで、泰伯を人質にこの場を離れたくないというのが本音だった。
しかし泰伯はそれを仁吉の優しさと受け止めた。
「ーーわかりました。では少し待っていてください」
そう言うと泰伯は剣道部員を抱えて外に出た。何回か往復して彼らを全員、格技場の外に出すと彼らを安全な場所へ運ぶべく行動を開始した。