the chariot_2
蒼天はチャリオットを走らせて蛙の怪物から逃げ回っていた。
サヤと落ち合うと決めたのは旧校舎の前と決めてあり、頼んだものを集めて旧校舎まで来る時間を考えながら蒼天は学校の敷地内を縦横無尽に走り回っている。
「しかし、どうなっとるんじゃこれは? 嫌な気配がそこかしこからしておるの」
あちらこちらで喧騒がしており、時おり暴れている生徒を見かける。どう考えても普段の学校ではない。
何か異変が起きているということだけはわかる。
しかしそれが何かということはわからないし、今の蒼天にはそんなことを考えている余裕はない。
今すべきことはただ一つ。
忠江を元の姿に戻すことである。
そのために蒼天は必死に逃げ回っていた。
「そろそろ頃合いかの」
蒼天は馬首を旧校舎のほうへと向けた。
その先にサヤが待っていた。その手には長い太縄を手にしており、他にも土嚢袋に細々と物を詰め込んで抱えている。
蒼天は速度を緩めることなく、戈を持つ兵士に命じてサヤの手を取らせる。兵士に抱えあげられてサヤはチャリオットに飛び乗った。
「手間をかけさせたの、サヤどの」
『まったくだ。綱引きの綱はともかく、トラロープにグローブオイルにスターターピストル、挙げ句の果てに新聞紙ときた。こんなものどうするつもりだ?』
「うむ。正直、頼んだはよいもののよくちゃんと全部持ってきてくれたの。サヤどのの時代にはないものばかりであろうに」
『……玲阿の記憶を少し借りた』
サヤどのの時代には、という言い方にサヤは少し顔を歪めた。そんな話は少しもしていないのに、まるでサヤが過去の人間のような物言いをする。
その察しの良さが気に入らなかったが、それどころではないのはサヤも同じであり話を続ける。
『で、どうする……というか、なんださっきから? 妙にからからうるさいと思えば矢じりを抜いた矢が大量に転がってるじゃないか?』
サヤはチャリオットの床を見る。そこには一見すると木の棒にしか見えぬそれが大量に散らばっていた。
「うむ、今からちと内職をしてもらおうかとの。新聞紙にグローブオイルを塗り込み、丸めてその矢の先につけたものを大量に作ってくれ」
サヤはそれを聞いて蒼天の意図を察した。同時に、その正気を疑った。
『お前、それやって後始末はどうするつもりだ?』
「んーまぁ、誰かがどうにかするじゃろ」
『お前いいかげんにしろよ!!』
「いや、これまた真面目な話じゃ。この間の怪物騒動の時にも少し思ったのじゃがの。あれだけのことが起きた割には、特に騒ぎになっておらんなーと」
『は?』
サヤが蒼天の胸倉をつかむ。その横では戈持ちの兵士が蒼天の言っていた細工を始めていた。
「この間の大鬼の騒動じゃ。あれが何なのかは知らぬが、余らの前にたまたま現れて、たまたま戦う適正のあった余が倒したので事なきを得た。それは少し、世の中にとって都合が良すぎはしないかの?」
怒り心頭のサヤを無視して蒼天はずばずばと自分の意見を述べ続ける。
「のうサヤどの。世の中とは、そうそう都合のいいようには出来てはおらぬ。そう思うのであれば、それは見えぬところで誰かが無知な者らにとって都合がいいように作り変えておる結果じゃ。それはたった今、確信に変わった」
『今、だと?』
「ああそうじゃ。今、余たちが走っている場所はの――この前、余があの鬼らと死闘を繰り広げた場所なのじゃ」
蒼天はそう言うが、その意味がサヤにはわからなかった。
チャリオットが走っているこの場所は、何の変哲もないただのありふれた森の中だったからだ。
そう、そんな戦闘の痕跡など見る影もない――。
『待て、まさか――』
「うむ。あの時、大鬼の奴めは得物を使って木々を何本もへし折っておった。そしてそんなものの後始末など余はしておらん。にも関わらずこのあたりはこともなしじゃ。ならば、何者かが目的をもって隠しておると考えるのが自然であろう」
『何者かっていうのはなんだ?』
「さての。そんなことは知らぬ」
『そんな不確かなものを頼みにしようというのか。その推察が外れていたらどうするつもりだ? 大惨事になるぞ』
「その時は消防車でも呼ぶことにしよう。いずれにせよ、今はこれが忠江を救うための最適解じゃ。戦力の限られたものが目的を果たすために手段を選ぶのを愚という。かつてそれを弁えずに敗れた男がおった。余の生まれるより前のことであるがの。その名は今もって、身を亡ぼす理想主義の代名詞になっておる」
蒼天はサヤの懸念を鼻で笑い、険しい目をした。
「さて、わかったのであれば疾く仕掛けに入るとしよう。サヤどの体は玲阿の物であるゆえ傷はつけぬが、いざとなれば余はサヤどのにも容赦はせぬぞ。今この場で、余の大事は忠江と玲阿じゃ」
『……この、人でなしめ』
サヤのそれは絞り出したようなかすれた声だった。
しかし蒼天はけろりとして、むしろ、その評価を楽しむように笑った。
「おや、ご存じないか。人でなしというのは身内に甘いものじゃぞ」