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BARBAROI -鬼方の戦士は八徳を嗤う-  作者: ペンギンの下僕
prologue1 “is *** p**n*e*s o* **t?”
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monster roar_3

 怪獣が飛び降りたことで、大地が大きく揺れた。アスファルトは薄氷のように脆く砕け、振動で空気が震えている。

 悪夢としか思えない光景だが、仁吉の五感に伝わる感覚はそれを否定していた。


『Nuuuuuu!!!!』


 吐き出す息で、周囲の草木が揺れる。必死になって地面を踏みしめていなければ、仁吉の体もピンポン玉のように吹き飛ばされていたことだろう。


『Waaaaaaaaaaaaaaaa!!!!!!!!』


 怪獣が咆哮する。

 それは雷鳴よりも激しく、けたたましい。轟音に驚いて瞬時に耳をふさいだ仁吉だったが、それでも聴覚を麻痺させ、爆音は鼓膜を伝わって脳を揺さぶる。


(まるで音響兵器だな!! しかも、こいつはこれで僕を攻撃しようなんてつもりはさらさらない。ただ、着地して、息をして、叫んだだけだ!!)


 得体の知れない何かと、相対しなければならないかもしれない。それを仁吉は心のどこかで覚悟していた。しかしこれは、文字通り尺度が違いすぎる。

 戦うという選択肢は愚か、逃げることすらままならない。仁吉が全力で走って、もし火事場の馬鹿力で陸上の世界新記録を取れるようなタイムで走れたとして、目の前のこの怪獣は何の気なしに歩いただけで追いついて踏み潰せてしまうのだ。

 しかも怪獣が降りてきた場所はちょうど仁吉の前で、崇禅寺にいこうとする仁吉を塞ぐ形となっている。

 そして怪獣は今、雄叫びをあげながら仁吉を獲物と見定めていた。

 迷う時間はない。


(ええい、一か八かだ!!)


 意を決して、仁吉は怪獣のほうへと駆け出した。この巨躯ならば下手に距離を取るよりも足元のほうが手が回らないはずだ、という可能性にすべてをかけたのである。

 仁吉が走り出したのを見て怪獣は大きく腕を振り上げる。掌を大きく広げて振り下ろし、仁吉を潰すつもりだろう。その掌が振り下ろされる前に怪獣の体の下へ入り込むには間に合わない。

 しかし、この一撃さえ躱すことが出来ればよい。

 アスファルトを砕かんばかりの勢いで走り、頭上に意識を集中させながらひた走る。

 掌が振り下ろされた。

 その動作だけで、叩きつけるような風が仁吉を襲う。

 地面を蹴るように。

 地面を掴むように。

 力はすべて下半身に。神経はすべて目に注ぎ込んで、タイミングを測る。そのせいで仁吉は、失念していることに気付くことが出来なかった。

 怪獣の立っている付近は、先ほどの着地の影響でひび割れていて足場が不安定であるということに。


(しまっ――!!!!)


 上にばかり意識を向けていたこと。加えて、夜で視界が明瞭でないこと。すべてが悪い方向に作用した。

 視界が揺れる。

 悪路に足を取られて傾いた体を、全速力で走っている仁吉は立て直すことが出来なかった。いや、仮に出来たとしても、勢いを殺さずに体勢だけを戻しつつひび割れたアスファルトの上を走り続けなければ仁吉に活路はない。

 受け入れがたく、しかしどうすることも出来ない絶望が仁吉を襲った、その時――。

 何かが、仁吉の視界の前で動いた。

 怪獣の掌が仁吉の体を虫のように潰す前に、誰かに押されて間一髪死を免れたのである。

 何がどうなったのか、仁吉はすぐに理解出来なかった。それを強制的に悟らせたのは、何気なく地面についた手に触れる、血の生暖かさだった。それも、少しではない。その手のひらにはべったりと血がついており、未だ朦朧とする視界であっても、地面が血の池のようになっていることは推測できた。

 突き飛ばされは衝撃はあるが、仁吉の体に痛みはない。つまり自分は誰かに助けられて、そのために、その誰かが重傷を負ったのだということ。

 そして――。


「……南方、くん…………。怪我、は……………………?」


 その声の相手を仁吉は知っている。

 同じクラスで。今日はつい先ほどまで一緒にいた相手。

 その声に意識を引き戻されて目を見開くとそこには、背中からどくどくと血を流しながら、仁吉に覆い被さるようにして倒れている御影信姫の姿があった。


「御影……さん…………? どうして?」

「……家の、外で、大きな……音がして、気になって…………見に、来……たら…………」


 信姫の声は切れ切れで、今にも消えてしまいそうなほどにか細い。それは当然のことで、信姫は今、飛ばされた衝撃で脳が大きく揺さぶられており、加えて余波で飛んできたアスファルト片が背中に突き刺さったせいで大量に血を流している。


(くそ、これは……。臓器まで破片が届いてないのが奇跡的じゃないか!! 背骨が砕けてるぞ!!)


 少なくとも素人の応急手当でどうにかなる怪我ではない。そうでなくてもこの状況だ。ならば誰かに助けを求めなければ。

 そう思って、はじめて仁吉は異変に気付いた。

 これだけの騒音が響いているというのに、周囲の住人が誰も外に出てきていない。そればかりか、一家の息女が夜に外に出たというのに、御影家から他の使用人たちが来る様子すらなかった。


(そもそも御影さんはなんで一人で出てきたんだ? ストーカーに付きまとわれていることなんてきっと家の人たちも知っているだろうに、普通一人で外出させるか?)


 色々なことがおかしい。不自然なことだらけだ。

 しかし、怪獣の咆哮はそんな疑問をすべて掻き消していく。


『Nuuuuuuuuuuuu!!!! Waaaaaaaaaa!!!!』


 先ほどよりもさらに激しい叫び。荒れ狂うその叫びの奥底から伝わってくるものは、途方のない怒りのように仁吉には感じられた。

 怪獣の掌が振るわれる。仁吉も信姫も、まとめて潰してしまうつもりだろう。

 仁吉一人でも逃げ切れなかったのだ。まして今の仁吉はまだ体すら起こせておらず、立ち上がった上で信姫を抱えて怪獣の攻撃を躱すことは不可能という他ない。

 しかし――。


『引き受けたことを反古にするなんて、何があっても許されないんですよ』


 仁吉の脳裏をよぎったのは、かつてある男に言われた言葉だった。

 そうだ、自分は信姫を守ると約束したではないか。

 そして何よりも自分は今、信姫に守られた。それなのに無理だからと諦めて絶望感に身を任せることなど仁吉には出来なかった。

 体を起こし、信姫の体を肩で担ぎあげると、そのまま怪獣から遠退くように走る。その素早さは自分でも驚くほどの速さで、間一髪、叩き潰されることだけは回避できた。

 しかし、それが限界だった。

 空振りして地面を叩き割った掌が、そのまま横薙ぎに払われて仁吉の体を吹き飛ばす。

 石ころのような軽さで仁吉の体が吹き飛んだ。視界が目まぐるしく過ぎていく。その中で仁吉に出きることと言えば、せめて飛ばされた先で壁か何かにぶつかる時に信姫が傷つかないように体の位置を入れ換える程度だった。

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