嗤う戦鬼、就令い爪剣迫るとも_2
「鬼儺、ですか……」
「なんだよそれ?」
凰琦丸が口にした単語に覚えがあるらしい泰伯に仁吉は聞いた。
「古い宮中行事ですよ。節分や鬼ごっこの起源になったとも言われるものでしてね。鬼役の童子を武器や楯を持って門の外に追い出すという厄除けの一つです」
「……あんなの見れば鬼も裸足で逃げ出すだろ」
仁吉の評価の通り、鬼儺を手にしたことで明らかに凰琦丸の気配が変わった。
泰伯と仁吉は直感で理解した。今の凰琦丸は自分たちと同じだと。
珠と武器の本質。そして――戦闘用の魔力で作られた体に換装していると。
仁吉は換装のシステムそのものは知らないが、武器を呼び起こすことで身体能力に変化が起きることは知っている。
(しかしなんだ、そうだとするとさっきまでのあれはただの生身の運動能力と技術だったってわけか!?)
そうだとすればそれは恐ろしいことである。
二人は、自分たちが換装することで生身の義華と五分の勝率だと見立てていたことになる。
(これなら三割、二割……。そんなこと、考えるだけ無駄か!!)
仁吉は心の中で毒づく。
もはや二人にはこれ以上の強化など見込めず、既に戦いの最中にいるのならば勝率の計算など意味がない。
そしてそんな余裕もない。
凰琦丸が剣を振るう。
その一撃が放たれたと二人が認識した刹那、廊下、教室の壁、窓ガラス、天井――。あらゆる場所が一瞬で斬り割かれていた。
二人はほとんど横並びの状態だったが、凰琦丸との間合いは五メートルはある。確実に鬼儺の間合いの外だ。
にも関わらず凰琦丸の斬撃は二人のいるところまで届いている。
それぞれ自分の武器で受けることは出来たが、体は大きく後ろへと飛ばされていた。
「いい鋼ですね」
攻撃を止められても凰琦丸は平然としている。
(そうだ、今思えばこの人がおかしくなって最初の一撃――廊下と天井を斬ったあれは、どう考えても得物の刃渡りを越えてたじゃないか!!)
仁吉は自分の迂闊さを呪った。
あの時は突然のことに、そのことに気づいてすらいなかった。そして、目に見えている刀の間合いの外にいればとりあえずはいいだろう、などと考えていたのだ。
仁吉を侮っていたのか。それとも何か制約があったのかはわからないが、もし泰伯が来る前の段階で凰琦丸が今の――間合いの伸びる斬撃を使ってきていれば仁吉はさっくりと死んでいたことだろう。
そしてもう一つ。
これは泰伯と仁吉が共に武道を習い、日々鍛練を積んでいる経験がもたらした推測としてわかったことがある。
「先輩、この攻撃って……」
「ああ、お前もそう思うんなら間違いないんだろう。これはただの技術だ」
そう、つまりこの遠隔斬撃は鬼儺の能力ではない。修練と研鑽次第で誰にでも使えるということだ。
(しかしこの感じ、確か前にもどこかで――)
知っているような気がする。仁吉はそう感じたがその思考を後に回した。
「その武器を斬るのは今の私には少し骨ですね。ならば――生身を直接斬るとしましょう」
再び斬撃が来る。
泰伯は仁吉の体を押し、同時にその肩に犾治郎からもらった通信用の札を貼って自身は逆のほうへ跳んだ。
「しかし、どうしますか?」
泰伯と距離が離れたにも関わらず、近くにいるのと変わらないように仁吉にはその声が聞こえた。
「……何したんだ?」
「肩に通信用の札を貼りました。これで離れてても連携の打ち合わせが出来ます」
会話の最中にも凰琦丸は二人を狙ってくる。今は二人はとにかく、凰琦丸を攻略することよりも死なないことを優先して立ち回ることにした。
「なるほど。便利なものを持ってるな」
「友達がくれましてね」
「それは、素敵な友達だな」
「それで改めて……これからどうしましょうね?」
「そんなの決まってるだろ。一対多数で多数側が取る基本方針なんて一つしかないじゃないか」
具体的なことは言わずとも泰伯はそれで意図を察した。その内容そのものは泰伯も考えていたことだったからだ。
だが。
「それをやるにはここは少し地形的に難しいですよね?」
「わかってるさ。だから――」
そう言って仁吉は窓を開けるとそこから飛び降りた。
「ほら、追って来いよ。悪党が逃げるぞ」
挑発するように凰琦丸に言う。無論、逃走が目的ではない。目指すは飛び降りたその先――。格技場の屋根の上だ。
「ええ勿論――逃がしはしませんとも」
凰琦丸の意識が飛び降りた仁吉に向かう。泰伯はその隙に躊躇うことなく凰琦丸に向かって走り、無斬を振り上げた。
その様子を落下しながら見ていた仁吉は、
「――お前もこっち来いよ馬鹿!!」
そう叫んだがもう遅い。
そして泰伯の攻撃は、虚を突きはしたものの鬼儺に受け止められた。
「おや、意外な行動ですね。彼の言う通り、一緒になって逃げたほうが賢明でしたよ?」
「……そう、かもしれませんね。ですが――」
泰伯と凰琦丸の力は拮抗している。しかしそれも長くは続かないだろう。力では互角でも技術と経験は間違いなく凰琦丸のほうが上だ。押し負けずともいずれ不利な体勢に持ち込まれてしまう。
それをわかっている泰伯は一瞬、腕の力を抜くと同時に後ろへ跳んだ。
そして無斬を振るう。
使うのは、無斬の遠距離斬撃。以前、蜘蛛の怪物相手に刃の届かない高さへ攻撃を通した、無斬という武器の能力を行使する。
だが――。
「いい技ですね。しかし――まだまだ未熟ですよ」
凰琦丸はあっさりとその斬撃を止めた。
そして返す刀で泰伯に斬り掛かろうとする。
間合いという概念がないのは凰琦丸も同じで、しかも泰伯のそれよりも射程が長い。その刃が泰伯に届きそうになったその時だった。
窓が割れ、壁が砕けた。凰琦丸は思わずその手を止め後ろに下がる。壁がズタズタに切り裂かれていた。
凰琦丸が視線を向けたその先では仁吉が鉤爪を構えていた。
「今のうちにこっちに来い!!」
仁吉が通信札越しに叫ぶ。
泰伯はその空いた穴から即座に格技場の屋根へと飛び降りた。
「このくそ馬鹿が!! なんであそこで突っ込む!? 数の有利捨てて無理する場面じゃないだろうが!!」
仁吉は泰伯を思い切り怒鳴り付けた。
泰伯も自覚はあるようでしおらしくしている。
「すいません。考えるより先に体が動いてました」
「……そうか」
そう言われて仁吉は、それ以上強くは言えなかった。それは泰伯が武術を修めていることを知っているからであり、同じく武術を修めている身の仁吉には勝つために必要なことの一つに“勝機を見つけたら迷わないこと”があるとわかっているからだ。
「ところでさっき、何したんですか?」
さっきのとは無論、格技場の屋根から校舎の壁を砕いた一撃のことである。
「なんか、やってみたらこいつから風の刃みたいなのが出た」
「やってみたら出たんですか」
「ああ。この能力を……そうだな、“スパークス・ウィル・フライ”と名付けることにしよう」
「……はあ」
大真面目な顔で、中学生の書いた自作小説に出て来そうな横文字の技名をつけた仁吉に対して泰伯は気の抜けたため息をついた。
そのやりとりをしている間に凰琦丸も校舎から飛び降りて格技場の屋根の上へとやってくる。
ここから激戦の第二幕が始まる。