真昼の月が刃に映える
「あと、これもあげるわ」
思い出したようにもう一つ、犾治郎は泰伯にある物を渡した。
「なんだい、これ?」
それは十枚ほどの札だった。しかし先ほどの拘束用のそれとはデザインが違う。
「体のどっかに貼ったら、貼ってる相手同士で会話できるトランシーバーみたいなもんやな。もしかしたら必要になるかもしらんで」
犾治郎は思わせぶりに言う。
その理由を深く考えることもせず、受け取った泰伯はすぐさま校舎へと駆け出していた。玄関口をくぐると、そこにも暴徒と化した生徒たちがいる。ある生徒は箒を、別の生徒は椅子を振り上げて泰伯に襲い掛かってきた。
その二人を軽快な足さばきでよけつつ、二人の肩に手を置く。その手のひらには先ほどの札があった。
「縛れ!!」
そう叫ぶと先ほど犾治郎がしたように、札のところから黒い帯が伸びてきてたちまち二人の生徒を拘束する。
犾治郎は投げて使っていたが、泰伯はそのやり方は自分には合わないと考えた。
どの程度コントロールが利くかわからないというのもあるし、近接戦闘ばかりしてきた自分の性に合わないと考えたのだ。これが訓練であれば練習と思って試みるのもありではあるが、真剣な戦いの最中ならば、不慣れな動作を戦いに持ち込むのはかえって危険だというのが泰伯の判断である。
(さて、ここからどこに――)
向かうべきか。そう考えていた泰伯の背筋が凍る。
感じたのは、とてつもなく鋭い気配だった。校舎全体を覆うように大きく、それでいて刀の一撃のように研ぎ澄まされた――殺気。
吸い寄せられるように泰伯はその殺気のほうへ走り出していた。
それは西棟のあたりからしている。
泰伯の個人的な事情としては、まずは一年生の教室がある東棟へ――妹の玲阿の安否を確かめたかった。しかしそれよりも、この気配のもとへ向かうことを優先した。
それはただ単に、この殺気の持ち主をどうにかすることこそが、学校内を安全に近づけるための急務だと判断したからだ。
西棟の一階には誰もいない。
泰伯はそのまま階段を駆け上がると、上がってすぐのところで戦闘が行われていた。
日本刀を持っている女性が今まさに、男子生徒を切り伏せようとしている。
泰伯は無我夢中で日本刀を持った女性に体当たりをした。その時の泰伯は武器を出すことはおろか、換装すらしていない。必死で完全に忘れていたのである。
しかし結果的にはそれが幸いした。
日本刀を持った女性は、泰伯が異能的な要素をほとんど帯びていなかったが故に直前まで接近に気づかず、気づいても大して歯牙にかけていなかった。
対して泰伯はとにかく決死である。
火事場の馬鹿力ともいうべき、生身の人間からは想像もつかない力を発揮し、日本刀を持った女性を吹き飛ばしたのである。
そうして、改めて斬られかけていた生徒を見て泰伯は、さっきまでの決死が一気に氷解したような心地になった。
いまだ危機は去っていないというのに、まるで出先で思いがけず親しい知人に会った時のような穏やかな笑みを浮かべていたのだ。
「あれ、南方先輩じゃないですか?」