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BARBAROI -鬼方の戦士は八徳を嗤う-  作者: ペンギンの下僕
chapter2“a*en**r b*ea*s *ein**r*ation”
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The greed

 放課後になっても坂弓高校の特に異変は起きなかった。

 蒼天は誰憚ることなくあくびをし、図書室で借りてきていた本を読んでいる。


「暇じゃの。船乗りシンドバッドとやらも昼休みが終わりかけるとどこかに消えてしまいおったし……」


 そう言いながら蒼天はページをめくる。読んでいるのは少し前に忠江に勧められたライトノベルだ。

 忠江曰く作者が風変わりな人物らしく、過去の経歴として少なくとも現代異能ライトノベルと古代中国大河小説を手掛けているらしい。

 今読んでいるのはそのうち、現代異能ライトノベルなのだが蒼天にはいま一つその面白さがわからなかった。


「あーんま、面白くないのう」


 それが率直な感想だった。

 歴史小説家としてはそれなりに有名らしい。しかしライトノベルに関しては、『不死鳥の作家』という異名で呼ばれているとのことだ。


『つまりどういう意味なんじゃそれ? 褒め言葉なのか悪口なのかいまいちわからぬぞ』

『皮肉と称賛が半々かなー。ようはさ、ある程度は売れるんだけどパッとしないの。打ち切りと新作を交互に出してる感じかな。基本的には三巻か四巻で打ち切り漫画ばりの伏線回収して完結すんのよ。というかどうも切られてるらしい』

『なんでそれで次の本出せるんじゃ?』

『そこがこの人が不死鳥の作家って呼ばれる所以じゃんね。けどそれは、ファンもよくわかんない』

『は、はぁ』

『つかたぶん、作家さんとして推してるファンってのはほんの一部なのよたぶん。あとは万人受けしにくい話を書いて、刺さる人にはとことん刺さるから一定数は売れるけど刺さり方がまちまちだから長く連載させてはもらえない。けど最低限の採算は取れてるから次の企画も通る……ってとこじゃないかとネットじゃ言われてるね』

『変わった作家じゃのう……』

『ま、ぶっちゃけ私もこの作品は推してるけど他のはイマイチだったしね』


 忠江から聞いた話はこのようなものであった。

 その忠江の推し作品、タイトルを『九天(くてん)の弓張』。作品名だけを見ると歴史小説のようで、ライトノベルのレーベルの中に並んでいて表紙にポップな少年少女のイラストがあると違和感がある。

 おおまかなあらすじとしては、太陽が落ちてくる夢を見た九人の少年少女が『射天之弓』と呼ばれる不思議な弓を手にするというものである。彼ら彼女らはその弓を手にした直後から人生に陰りが生じ始めた。友人、恋人、恩師、家族など自らの大切な人たちに見捨てられ裏切られ――その弓を手に町に現れる怪物を倒せばかつての人生を取り戻せると謎の男に言われて戦いの中に身を投じるようになる。

 しかしその中で少年少女は新たに大切なものを手にして戦いに意義を見出だせなくなったり、理由はどうあれ自分を裏切った相手のことを許せなくなり手にした力を自分のために使うようになったり――。そうした運命に翻弄される若者たちの物語である。


「メインのキャラが全員弓使いというのは珍しくてよいと思うが、なんかこう……暗いんじゃよな」


 文章が稚拙とは思わない。

 話が薄いとも思わない。

 しかし爽快感が少ないというのが蒼天の印象である。


「というか、ライトノベルと言ってよいのかのこれ?」


 文章に関しては、確かに稚拙ではない。しかし少し堅いのだ。故にライトノベルと思って読むと違和感があるのかもしれないと蒼天は感じた。


「というかまだ一巻の四分の三くらいじゃのに既に九人の内三人死ぬのはハイペース過ぎんか?」


 昼休み終わりのあたりから読み始め、もうそろそろ一巻が読み終わるというところまで来ている。これを読み終えるまでに何も起きなければ帰ってしまおうかと考えていたその時である。

 背筋が凍りつくような気配がした。

 そして――校舎のほうで轟音が響いた。


(……来たか。来てしまったか)


 それを悟ったとき、蒼天には二つの感情があった。

 杞憂のままに終わってほしかったという想い。

 そして――騒乱を喜ぶ心である。

 争いはいつの世も不幸と怨嗟を撒き散らす。しかしその最中に幸福や歓喜を見出だし、多くの物を手にする者もいる。

 どんな時代、どんな国にもそういう者はおり、そして――かつての自分(・・・・・・)はそうであったと蒼天は自覚している。


「“曳け”――騎匣獣」


 では、今の自分はどうなのだろうか?

 そういう者たちにとってその性質は宿痾のようなもので、抑え込むことは出来ても消し去ることは出来ない。

 しかし――今の蒼天(・・・・)ならばどうなのか?

 異能を手にし、道なき悪路を物ともせずに走るチャリオットを駆っているのは果たしてどういう心境からなのだろうか?


(余は戦いを求めておるのか? それとも、かつてはついぞ得ることの叶わなかった友という存在が傷つくのが嫌なのか?)


 しかしそれは、きっとどちらも本心で、だとすればとても都合のいい考えだと思う。

 かつての蒼天(・・・・・・)は酷薄に身勝手にそれを撒き散らす側の人間であり、数多の不幸の上に栄華を築いた――いや、数多の苦しみの上に築かれた繁栄に座していた身である。


「……斯様に落魄したとしても、余は強欲で傲慢な人間じゃの」


 そんなことを考えながら蒼天は、森を抜け、校舎の横を通り抜ける。目指すのは中庭だ。そこからならば校舎のすべての棟が一望でき、玲阿と忠江を見つけやすい。

 しかし中庭に到着した時に既に蒼天の目的は達成されていた。

 そこには、巨大な青い蛙の怪物と、それに相対する玲阿の姿があった。


「……忠江?」


 そして蒼天は何故か、蛙の怪物を見てそう呟いてしまった。

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