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BARBAROI -鬼方の戦士は八徳を嗤う-  作者: ペンギンの下僕
chapter2“a*en**r b*ea*s *ein**r*ation”
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the worst is yet to come_5

 忠江に起きたような異変は、校舎の至るところで起きていた。

 部活動中の生徒。なんとなく友人と溜まって校舎で遊んでいた生徒。図書室で静かに読書に勤しんでいた生徒。委員会の打ち合わせをしていた生徒。

 そして、教師も。


「う、ぐ……」


 風紀委員顧問、夙川(しゅくがわ)義華(よしか)もその一人だった。

 仁吉と校舎の西棟二階の見回りをしている最中、急に頭を押さえて呻きながらその場に膝をついたのである。


「大丈夫ですか、先――」


 先生、と言って近づこうとした刹那。仁吉は本能的に足を止めた。

 その時、仁吉の脳裏にはっきりとした一つのイメージが浮かんだのである。このまま近づいたら自分の体が袈裟懸けに両断されるという光景が。

 何故そんなものが浮かんできたのかはわからない。

 直感、としか説明の出来ないもので、しかしそれは急に苦しみだした自分の担任を案じて駆け寄ることよりも優先すべき本能だという確信もあった。

 本音を言えば無責任にこの場で逃げてしまいたいという葛藤がある。

 そんな逡巡は、次の瞬間にすべて消し飛んでしまった。

 仁吉がまず感じたのは――風だった。

 全身を通り抜けるようなものではなく、かまいたちのような鋭さで、仁吉の体の中心だけを叩くように吹き付ける烈風――。それ(・・)が体に触れたのを感じた瞬間に、仁吉は咄嗟に右に跳んだ。

 続いて感じたのは全身を突き刺すような鋭い殺意。

 そして、轟音。

 義華のいる場所から、つい先ほどまで仁吉がいた場所まで。そしてその背後の校舎の床と天井すべてに鋭い裂け目がはいっていた。それはまるで氷河にあるクレバスのようで、しかしそんなものよりもずっと滑らかな断面をしている。物理的にあり得ない現象だが、


(これは――たった今、刃物で斬り裂かれたものだ)


 そう考えるより他になかった。

 そしてそれら一連の現象は、時間にしてみればほんの一秒にも満たない時間で起きたことである。

 仁吉は今すぐ逃げ出したい衝動に駆られた。それを抑えているのは道義心や責任感などではない。

 目の前に立つ彼女(・・)に背を向けることこそが、もっとも自らを死に近づける――否、死を確定させると理解しているからに他ならない。


「久しぶりに、嫌な奴の気配を感じましたよ。貴方、あのいけ好かない偽善者と縁がある者ですね?」


 それは、間違いなく夙川義華だった。あくまで外見と肉体は、であるが。

 しかしその外見にしても、顔こそそのままだが眉間のところからは鬼のような黒い二本の角が生えており、髪は血で染めたような不気味な赤に染まっている。

 服装は、義華が元から着ていたワイシャツと黒ズボンはそのままに上から灰色のトレンチコートを羽織っている。

 しかしそんな外見や服装の変化など些細なものと感じるほどに仁吉を警戒させているのが、その右手に握られた日本刀だった。

 ただの体育教師が日本刀を手にしている。確かにそのことはそれだけで異常ではある。

 しかし既にクラスメイトが日本刀を持って微笑みかけてくるという経験をした仁吉がなおも驚き構える理由は、その刃渡りの長さだった。

 長い――。とにかく長い。

 目算であるが、一メートルはあるだろう。剣道部や時代劇などでイメージする侍や剣士の姿を思い浮かべると、今の義華の姿はとてもアンバランスだ。


「貴方は……そこまでの悪党に見えませんが、まあその血か縁を呪ってください。せめて来世では貴方と私が出会わぬように祈るくらいはしてさしあげましょう」


 そして発言がひたすらに物騒である。

 事ここに至って確信した。目の前にいる女性は、夙川義華であって夙川義華ではないと。

 その理屈も、何故急にこんなことが起きたのかもわからない。しかし言えることは、『この義華』はどうやら仁吉に因縁があり、気を抜けば躊躇いなく殺されるだろうということだ。


「『これが最悪だと言えているのであれば、まだ本当の最悪ではない』か――。本当に、言葉通りの意味になったじゃないか」


 仁吉は思わず舌打ちした。

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