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BARBAROI -鬼方の戦士は八徳を嗤う-  作者: ペンギンの下僕
chapter2“a*en**r b*ea*s *ein**r*ation”
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敗兵先戦而後求勝

 薄暗い場所だった。

 そこは坂弓高校地下一階にある駐輪場だ。

 地下とは言うが、坂弓高校の校舎の構造として一階から外に出てグラウンドに向かう道は下り坂になっており、その先に校舎の地下にある駐輪場の出入口があるという構造になっている。

 さらにグラウンドと校舎の間に格技場と体育館があるので、そこへ向かう生徒たちからは駐輪場の中が丸見えなのだが、今はその中の様子を気にする者はいなかった。


(人避けの結界は上手く作動しているようだな)


 “彼女”――包帯の女はその状況を確認して、地面に何かを書き始める。手に持っているのは刀筆と呼ばれる、筆の反対側に小刀のついた筆だ。その小刀は本来、竹簡と呼ばれる竹の巻物に文字を書く時に誤記を削るためのものなのだが、今の彼女は自分の左腕をそれで切り裂いて、そこから流れ出た血を筆に染み込ませてそれを書いている。


「――こんなところか」

「ええ、上出来ですよ。ちゃんと教えた通りに書けていますね」


 その声を聞くや否や、包帯の女は反射的に刀筆の小刀を背後に突き刺す。声の主はなんということもなさそうにそれを右手の人差し指と中指で挟んで止めた。


「随分なご挨拶ですね。私、何か気に障るようなことをしてしまいましたでしょうか?」

「黙れ女狐。急に背後から現れるな、不意に声を掛けるな。お前の声を聞くと、無性に殺してやりたくなる」


 包帯の女の言葉には、脅しや虚勢でない本気の殺意が籠っている。刀筆での一撃にしても、止められこそしたがその軌道は喉元を的確に狙っており、受け止めた相手――御影信姫の反射神経が鈍ければそのまま首を貫いていただろう。


「散々な言われようですね。この術式を教え、転生鬼籙(てんせいきろく)を手に入れるのを手伝ってあげたのは誰でしたか?」

「そのことは……感謝はしている。しかしそれはそれとして、私はお前のことが嫌いだ」


 包帯の女は突き放すように言う。

 信姫は特に堪える様子もなく、


「まあ頑張ってくださいね。応援していますよ、心の底から」


 と言って微笑んだ。


「後は私でやる。もう私に関わるな」

「相変わらずつれないですね。本当に手助けしなくていいのですか? 間違いなく邪魔は入りますよ」

「そんなもの、私一人で蹴散らしてやるさ」

「ええ、そうですね。貴女は強いですから。父を捨て、兄を見送り、故郷を逃げ出し、友を裏切ってまで大業を成した“貴方”ならどんな相手にも負けはしないでしょう」


 その言葉を言い終えた瞬間、包帯の女は懐から珠を取り出して二本の鎖状の鞭――破荊双策(はけいそうさく)へと変え、鎖で信姫の体を縛り付ける。

 信姫はその攻撃に対して回避も防御もせずに、ただなすがままに縛り上げられる。しかしそれでも余裕の相好は崩さない。そんなものはなんでもないと言わんばかりに言葉を続ける。


「こんなことで腹を立ててはいけませんよ。貴女はこれを、私には関係ない(・・・・・・・)と言うために(・・・・・・)事を起こすのではなかったのですか?」

「ッ!!」


 包帯の女は強く歯ぎしりをして信姫を睨む。

 鎖の締め上げに力が増すが、しかし信姫の態度は変わらない。


「怒ってはいけません。怒る必要もありません。それは“彼”の罪であって貴女は悪くない。物語を読むように、外国のニュースを眺めるように、顔も知らぬ他人の苦労話を聞くように、無責任であればいい。無関心でいればいいのですよ」


 信姫は包帯の女に対して、まるで泣きじゃくる子供を優しく諭す母親のような慈愛に満ちた声で語り掛ける。

 それは包帯の女にとって、蜜のように甘美な囁きであり、同時に毒のように苦々しいものであった。


「日暮れて道遠く、倒行して逆施する。それで良いではありませんか。誰かの正しさなど嗤って進めばいいのです。――私は、それを許しましょう」


 信姫の言葉は蠱惑的な響きを持っている。

 堕落を、悪逆を、非道を、独善を――。身勝手に力を行使し多くの人間を巻き込むことを、それこそが正義であるとでも言うように肯定する。


「……やめろ」


 それが包帯の女には耐えられない。

 彼女には、これから自分がやろうとしていることが悪という自覚があり、止めることは出来ないが、決してそれを善であると誤認して進みたいわけではないのだ。


「何かを成すにあたって必要なのは自分を騙すことですよ」

「やめろと言っているだろう!!」


 包帯の女が叫ぶ。その声は怒りに満ちていながら、同時に子供の泣き声のような悲痛さがあった。


「止めませんよ。貴女には私が底意地の悪い毒婦のように見えているのでしょうけれどね」

「――違うのか?」

「すべてを否定はしません。貴女をからかうのは楽しいですからね」


 信姫は悪びれずに言う。しかしその後、真剣な目付きになった。


「ですが、私が貴女に尽力したいという言葉は嘘ではありません。そして――私は貴女の求める願いを助けることは出来ても、貴女の望む(・・・・・)救いを決める(・・・・・・)ことは出来ない(・・・・・・・)のですよ(・・・・)


 その言葉を言い終えた時、信姫はいつの間にか破荊双策の鎖から抜け出していた。そのまま包帯の女に近づいていってその肩に手を置く。


「私は優しくて甘い。貴女のすべてを肯定します。ですが、都合のいいような目先の楽を用意することだけはしません。それがどんなものであれ、自分が救われる道だけは自分で見つけなさい」


 そう言うと信姫は包帯の女に背を向ける。


「この先をやるもやらぬも貴女の心次第です。納得のいくようにやりなさい」


 そう言い残して信姫はこの場を去った。

 残された包帯の女は――。


「私は……。私、は……」


 頭を抱え、呻きながら、それでも止まれないと言った様子で――。

 破荊双策を、地面に叩きつける。

 その先には先ほど包帯の女が描いていたもの――八方に花弁のように漢字のような形のものを描き連ねた魔方陣があり、その中心には古ぼけた竹簡が置いてあった。

 破荊双策を強く打ち付けることでその竹簡が軋む。

 そして――。


「ぐ、う、あぁぁぁぁぁぁぁぁッッッッ!!」


 包帯の女は、過去のトラウマがフラッシュバックしたかの如くに絶叫し、その場に蹲った。

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