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BARBAROI -鬼方の戦士は八徳を嗤う-  作者: ペンギンの下僕
chapter2“a*en**r b*ea*s *ein**r*ation”
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智者之慮必雑於利害

 仁吉は弓道部の練習場を出てから一人で考え込んでいた。

 今はすでに日も暮れ学校も閉まっている時刻である。帰路に着きながら由基(ゆうき)に聞いた話を頭の中でまとめつつ、自分なりに考察をしていた。


(不思議な夢……と便宜上呼んでいるけど、これはどちらかと言うと『見るはずのない夢』というのが正しいんじゃないか?)


 仁吉は由基にくどいくらいに聞いた。本当に過去にどこかでその鼎やそれに似たものを見たことはないかと。

 しかし由基の答えは変わらない。全く覚えがないとのことである。

 ならばそれは夢というよりも、寝ている間に何かを受信しているというほうが正確なのではないかと仁吉は思う。


(しかし受信しているのだとしたらどこから? それも不八徳とやらの仕業なのか? だとしたら何のためにそんなことを?)


 現状、その夢が直接もたらした悪影響はない。

 由基はあの通りであったし、他にも夢のせいで体調を崩した生徒がいるというような話も、少なくとも仁吉は聞いたことがない。

 これが何か悪事の前兆だとしても、目的やその後に起こることについての予測が全く立たないのだ。


(御影さんは不八徳とやらを、美徳の反対を行く者たちみたいに言ってて、確か……旧校舎の下にある何かが必要だから封印を破ったって言ってたっけ? つまりこないだの化物たちはそれ自体は目的の過程で起きるやむを得ない事故みたいなものなんだろうけど、あっちが本命って言われたほうがまだしっくりくるんだよね)


 色々と思考を巡らせたが、結局のところ、つい最近までこんな世界があることすら知らなかった自分が一人で考え込んだところで仕方がないという結論に至った。


(……結局、また前みたいな何かが起こるのを待つしかないってわけか。どこまでも受け身な話だ)


 **


 蒼天は玲阿、忠江と別れて家に帰った。

 結局、忠江の疑問は解決しないままであり、忠江はもやもやとした様子であったが、蒼天にはどうしようもない。


(悌誉姉にでも相談したいところじゃが……また遅いような気がするんじゃよな)


 と考えながら鍵を開けて、気づいた。

 久しぶりに、自分よりも先に部屋の中に人の気配がある。


「なんじゃ、今日は早いの悌誉姉。彼氏に袖にされたか?」

「そんな相手は元からいないさ」


 リビングの座椅子に座り込んで本を読んでいる悌誉は蒼天のほうを見ずにそう言った。


「ここのところ、塞ぎこんでおるようじゃが大丈夫かの?」

「基本、私はこんな感じだよ」

「いやまあ、クールで真面目で寡黙なところが悌誉姉の魅力というのは否定せんがの。しかしどうなも、思い詰めておるというか、何かに悩んでいるようにしか思えぬ」

「……気のせいだよ」


 悌誉はずっと蒼天と視線を合わせず、何かを誤魔化すように本に逃げている。


「また『孫子』か。好きじゃの悌誉姉」

「まあな。この書にはあらゆることが記されている。単純でありながら奥が深く、読むほどに引き込まれていくんだ」


 悌誉は『孫子』の愛読者である。暇さえあれば読んでいる、というのが蒼天の印象だ。

 蒼天も勧められて読んだことがある。本当はあまり興味がなかったのだが、居候させてもらってるからということと、悌誉の熱量に圧されて手に取ったのだ。

 とはいえそこまではまらなかったのだが、興味を引く箇所があったことは確かである。


「ふむ、そういうものかの?」

「ああ」


 そう言って悌誉はひたすらに読み続けている。

 邪魔をするのも悪いかと思ったが、しかし他に気になることがあったので蒼天は悌誉に聞いた。


「のう悌誉姉。悌誉姉は最近、おかしな夢を見ることはないかの?」


 悌誉の手が止まった。

 顔を上げて蒼天のほうを見る。その顔がとても鬼気迫るものだったので、蒼天は少しどきりとした。


「……お前も見るのか?」

「いや、余の友人の話なのじゃが……お前も、ということは悌誉姉もか?」


 そう言われて悌誉ははっとした。下手を打ったという顔である。悌誉は暫し口を噤んでから、


「……いや。それよりも蒼天。お前、明日は学校は休め」


 と、脈絡なくおかしなことを言った。


「明日、何かあるのか?」

「いいから休め!!」


 そう怒鳴ってから、悌誉は我に返って蒼天を見る。悌誉は今まで蒼天に対して声を荒げたことなどなかったからだ。


「……すまない」

「いや、よい。わかった。そこまで言うのであれば明日はサボることにしよう」


 そう言いながら蒼天には一つの予感があった。

 しかしそれを口にすることはなく、悌誉の言葉に頷く。

 それを見た悌誉は――とても安心したような顔をしていた。

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