光芒を夜空に曳き、参宿と天狼星の間に消える
由基はそこまで言ってから補足するように言った。
「ああ、でも一応立場的には部将みたいな感じなんですかね? 戦場に出て矢を引きながら兵隊たちに指揮しているような感じです」
「……戦場とはなかなかに物騒だね」
聞かなければよかったかもしれないと仁吉は少しだけ思った。
対照的に由基はこともなげな様子である。
「その……実際に見ている君の実感としてはどうなんだい? 健康的な害はないと言っていたけれど、そういう夢を毎日のように見るっていうのは、精神的な面は大丈夫なのかい?」
「ああ、それなんですけれど――すっごい、気分がいいんです。最高ですよ!!」
そう語る由基の目は、まるで何かを覚えたての子供のように輝いている。
仁吉はその時、今まではなんとなく人当たりがよくて礼儀正しいとしか思っていなかった後輩の知らざる一面を覗き見たような気がした。それが元から西向日由基という人間の有していた性質なのか、あるいはこういった夢を連日見続けたことで開花したものかはわからないが、危険な雰囲気を感じ取ったのである。
それは、今自分が置かれている平凡な日常の対局にある非日常に親しみを覚えているような風である。
(彼は……僕と同じような状況に置かれたら、むしろ喜々としそうだな)
仁吉はそんなことを考えていた。
しかしこの話題について聞いたのは仁吉で、由基は続きを語りたくて堪らないという顔をしている。
仁吉は眉間にしわを寄せながら続きを促した。
「正直のところ、この夢がなんなのかというのはどうでもいいんですよね。ただし僕にとっては、この夢の中で僕が演じさせられている武将の弓の腕ってのが、もう――すごいんです!!」
「す、すごいって言うと? あー、君の夢の中の武将ってのは弓の達人で、そういう腕前を体験できるのが楽しいってことかな?」
「ええ。その射の境地というのがですね――。高い山の頂上に一人でいるような感覚なんです。誰も近寄ることは出来ず、遠くから狙おうにも下から上に打ち上げて狙わなければならないから、その軌道は簡単に見える。それでいて僕は四方すべてが見えていて、しかもその距離がどれだけ離れていても相手の動きが望遠鏡で見ているようにくっきり見えるんです。それはもう、手足の動きはもちろんのこと、これからどう動こうとしているかも手に取るようにわかりますし、それ以外にも、わずかな呼吸、脈の動き、一秒にも満たない瞬きの瞬間さえも鮮明に捉えられるんですよ」
「……そ、そうかい」
仁吉は由基の言葉の熱量についていけていない。
そして、由基の語りはまだ止まらない。
「相手からしたら僕を狙うのは天に唾を吐きつけるようなもので、届かないし、届いたとしても遅くて単純な軌道なのですぐに避けられるんです。逆に僕が――性格には、僕の夢に出てくる夢の中の弓兵ですが、こっちはただ目の前にあるものを指でなぞるようなた易さで相手に矢を当てることが出来るんです。構えに無駄な力はなく、そうですね――矢を狙いの場所に置いてくるような境地と言いますか」
「す、すごいねそれは」
そこまで話してから由基は、自分が語りに熱中していたことに気づく。そして少し申し訳なさそうな顔をした。
「すいません。その、興味のない話を延々としてしまって」
「い、いや……。それはいいんだけどさ。それで、君が見た夢の概要ってのはだいたいそんなところかい?」
「ああ、そうでした。夢についてまだあと一つ、とても不思議なことがありまして」
「何かな?」
「夢の中の僕は武将みたいなものって話をしたじゃないですか。武将だからといって当然、戦争ばかりしてるわけじゃなくてですね。外交なのか政治なのかわからない、まあ退屈な業務もしなくちゃいけないらしいんです」
「まあそりゃそうだろうね」
「そういう場面にはいった時の夢はとにかく退屈で、すごく眠くなってくるんですけどね」
「夢の中だろう?」
「比喩ですよ。それくらい退屈でつまらないんですが」
そこで由基は真剣な目をした。
「その場に……なんか宮殿の中みたいなところなんですけどね。大きな青銅器が置いてあるんです。それがやたらとリアルで、刻んである模様まで妙にはっきりと覚えてたので気になって知人に頼んで調べてみたんですよ」
「ほう。それで?」
「そしたらなんとですね、それは紀元前の中国の物だったんです」
「西向日くんはそういうのに興味があるのかい?」
「いいえ。僕、あまり歴史には詳しいほうではありませんしね。ましてその鼎……えっと、寸胴に足を三つ取りつけたような青銅器なんですけど」
「ああ、なんとなくわかるよ」
仁吉は前に歴史の資料集で見た記憶をたぐって頷いた。
「教科書にも載ってなくて、大判の出土品図鑑まで引いてようやくわかったくらい珍しいものだったんです」