dear my sister_2
その日の昼休み。
蒼天は珍しく玲阿、忠江と一緒ではなかった。
坂弓高校に入学してから二週間。その多くの時間を共に過ごしている三人だが、今日に限っては二人とも用事があるとのことだった。
玲阿は部活の打ち合わせが。
忠江は図書室で調べものをしたいと言って三分で昼食を済ませて行ってしまった。
一人残された蒼天はどうしたものかと考えた。
別に一人で食事をすることに慣れていないわけではない。悌誉がいない時は有り物を適当に調理して一人で食べることも珍しくなく、そもそも幼少期は親が置いていった金でコンビニ弁当などを一人で食べるのが普通であった。
そう、それは三国蒼天にとってなんでもないことのはずなのだ。
なのに。
(妙に落ち着かん。うーむ、今から誰か一緒に食べれそうな相手を探すかの?)
と言ったものの、クラスには玲阿と忠江の他に友人はいない。声をかければきっと話にはいれて貰えるのだろうが、教室にいる生徒たちは既に仲のいいメンバーで集まって食事を始めている。その輪の中に割り込んでいくのは少し気が引けた。
仕方なく蒼天は弁当を持って教室の外に出る。
といって、特にアテがあるわけではない。
(流石に悌誉姉のクラスに行くわけにはいかんし、どうするかの? もういっそ屋上で一人で食べるか)
そう考えて屋上に向かった。
階段を登り屋上と繋がっている扉の前で、ある生徒を目にした。
小柄で短髪の女子生徒である。
半袖半ズボンの黒いスポーツウェアを着て、その下にはピッチリとした青色のアンダーウェアを着ている。
そして――ビクビクと、小動物のように震えながら屋上の扉に手を掛けては離してを繰り返していた。
「何やっとるんじゃおぬし?」
「ひゃひぃっ!!」
軽くその肩を叩くと、彼女は奇声をあげた。その様子が水に入れられた時の猫のようで、蒼天も思わず後ろにさがる。
「あーその、すまんかったの。しかしどうしたんじゃおぬし? そんなところでうろうろしおってからに。明らかに挙動不審じゃぞ?」
振り向いた彼女はジャージの前を一番上まで上げて口元を隠しており、長く伸ばした前髪で目元も半分くらい隠している。見ればその下に黒ぶちの眼鏡を掛けていることはわかるが、全体的に見るとどうしても顔を隠しているという印象が強いため、
(……まるで蓑虫のようじゃの)
という感想になってしまう。
彼女は未だ肩を縮こまらせながらビクビクと体を震わせて蒼天を警戒している。蒼天は何も悪いことはしておらず――強いて言うなら、無許可で体に触れたくらいだろう――後ろめたさなどないはずなのに、自分がとても悪い人間に思えてきた。
「あー、その。余は……怪しい者ではないぞ」
蒼天なりに警戒を解かせようとして口にした言葉だったが、その台詞はかえって不審者のようである。
「い、一年の南茨木桧楯ッス……」
声まで震わせながら彼女――桧楯は言う。
「家電メーカーみたいな名前じゃの」
「……よく言われるッスよそれ」
「じゃろうの」
「それで……貴女は?」
「うむ、余は一年の三国蒼天。蒼天と書いてアオゾラじゃ!!」
「……うーわ、タメッスか?」
桧楯はいっそう気の重そうな顔をした。しかしそんなことを意に介する蒼天ではない。
「で、ヒタチはここで何しておったんじゃ? 屋上に用事があるならさっさと行けばよかろうに」
見ると桧楯は蒼天と同じように手に弁当箱がはいっているらしき包みを持っている。目的は蒼天と同じだろう。
「う、ううう……」
しかし桧楯は唸るばかりで蒼天の言葉に返事をしない。
その様子を見て蒼天はなんとなく察しがついた。
「ふむ、さてはおぬし。コミュ障でボッチじゃの?」
「うるさいッスね!! ほっといてくださいよ」
「元はといえばおぬしが入り口付近でうろうろもじもじしとったせいで余が声をかける羽目になったんじゃが!?」
「そ、それはそうッスけど……」
「ま、とはいえ萎縮させてしまったのは余にも責任の一端があろう。何せおぬしのようなハム系女子が余の満ち溢れるカリスマオーラを前にしては畏まるなというほうが無理というものよ。というわけでじゃ」
蒼天はそう言うと桧楯の手を取った。
「今日は余が特別に食事を共にしてやろう。さぁ共に来い。ちなみに――拒否権はないぞ」
「強引すぎやしないッスか?」
「王者、覇者とは常に強引で傲慢で強欲なものよ。わかったらついてこい」
「たかが高校生の分際で何様のつもりなんスかー!?」
そう言って桧楯は蒼天によって無理やりに屋上に連れ出された。
そして体面し、昼食を共にすることになった。
三国蒼天
家族構成:なし
誕生日:6月10日
部活:陸上部 委員会:無所属
好きなもの:玲阿、ハムスター、焼き肉、カラオケ
嫌いなもの:秋刀魚、冷えた料理、体育、犬
備考:音痴
主人公その3。赤毛が特徴的な小柄な高校一年生。
元母子家庭で一時期ホームレス中学生をやっていた時期がある。特にそれが苦にならなかった。
物心ついたときから「余」という一人称を使っている。そのルーツがどこなのかは蒼天すらも覚えていない。何度注意しても改めず、子供らしからぬ偉そうな物言いをするため親や親戚に疎まれだし、母親の恋人が蒼天を気味悪がったため母親は蒼天を捨てて蒸発した。