dear my sister
「おや、玲阿の知り合いかの?」
「僕は彼女の兄だよ。君は……玲阿の友人かな?」
玲阿の兄を名乗る男を蒼天はじっとみる。
顔つきは優し気で口調は穏やかだ。そして玲阿を案じている。
兄がいると聞いてはいたが、面識はなかった。しかし確かに目鼻立ちがどこなく似ているし、雰囲気からして嘘をついているようには思えない。
「ああ。三国蒼天という。それで、玲阿の兄君がどうしてこんなところにおるのじゃ? 部活は終わっておろうし、旧校舎は立ち入り禁止じゃろう?」
「ああ、少し用事があってね。もちろん旧校舎にははいっていないよ。それよりも――玲阿に何かあったのかい?」
少し口調が堅くなった。
「ん、ああ。ひょうたん池で釣りをしておったらこんな時間になってしまっての。疲れて寝てしまったようなので余が運んできた」
さすがにそのままを話すわけにはいかず、蒼天は適当にそれらしい話をしてごまかした。
「兄君がおられるならばちょうどよい、運ぶのはそなたに任せるとしよう」
そう言って蒼天は玲阿を、玲阿の兄に預けた。
玲阿の兄は玲阿を軽々と抱えて歩き出す。
「しかし玲阿が疲れて寝落ちるなんて珍しいな。元気だけはいつもみなぎっていると思っていたんだけれど」
「まあの。余も驚いた。そういう兆候もなかったしの。気づかぬところで溜まっていた日頃の疲れが出たのであろう。そなた、兄ならばもう少し妹を気遣ってやるがよい」
玲阿の兄ということは間違いなく年上なのだが、蒼天は特に敬語を使いはしない。
そして彼も、それを咎めるようなことはせずにこやかに話している。
「そうだね、気を付けるよ。大事な妹だからね」
「うむ。余にとっても大事な友じゃ。何かあっては一大事じゃからの」
「そっか。玲阿とは昔から仲がいいのかい?」
「中学の頃からじゃから……かれこれ三年ほどの付き合いになるの」
「あ、もしかして――よっちゃんって君のことかい?」
「うむ。玲阿にはそう呼ばれておる。もしや玲阿は家でも余のことを話しておるのか?」
「あまり詳しいことは話していないし、僕も聞かないよ。だけど君と遊びに行くとかいう話は聞くし、その時の玲阿はいつも――とても楽しそうだからね。いい友人がいるようでよかったと思っていたんだ」
森を抜けて校門につくまで二人は他愛ない会話を続けていた。
といっても二人にとって共通の話題といえば玲阿だけなので、必然的に普段の玲阿の様子や趣味といった話になるのだが。
そうして話している間に校門へとついた。
既に部活終わりの生徒たちは帰っており、閑散としている。そして日はとうに暮れていた。
「じゃあね、三国さん。送っていかなくても大丈夫かい?」
「心配無用じゃ。それよりも早く玲阿を家のベッドで寝かせてやるがよい」
そう言って蒼天は玲阿の兄と別れ、帰路についた。
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「しかし――激動の一日じゃったの。というか、ほぼ夕方の一時間くらいかの」
アパートに戻った蒼天は着替えもせずに体を布団に投げる。
夕飯の支度をしなければならないのだが、その気力もわいてこない。幸いにしてまだ同居人は帰ってきていないので、せめて五分だけでも横になってから動き出そうと決めた。
(しっかしここのところ毎晩遅いの。もしや男でも出来たか?)
蒼天は今のところ同居人の浮いた話を聞いたことはないし、そういう気配もない。
しかし彼女は特に夜遊びをするような気質でもなく、性格としてはむしろ生真面目なので考えうる可能性としては恋人が出来たというのが一番高いと蒼天は考えている。
(それならそうで言ってくれれば余だって気を利かすんじゃがの。まあ、余を外にやって男とシケ込んむような性格ではないがの)
そんなことを考えていると、玄関のほうからガチャリと音がした。
「おや、帰ってきたか。すまぬがまだ飯の用意は出来とらんぞ。今日は余も色々とあっての。すまんな――悌誉姉」