body for fighting
残る鬼たちとの顛末は、勝負とすらいえないものだった。
迫りくる鬼たちを兵士たちがひたすらに戈と矢でなぎ倒して終わりである。
うち漏らしはない。逃げたものはいなかった。それが人ならざるモノとして、人を襲うという本能に基づいたものだったのか。
それとも蒼天の言葉通り、上官たる大鬼への忠義建てと仇討ち合戦のつもりだったのかはわからない。
(奴らに仇とか、もっと野蛮であろうとも報復という気概で逃げなかったのであればあの名もなき鬼将も報われるであろう――。というのは感傷かの)
とにかく脅威は消え、戦車を消した蒼天は玲阿を抱きかかえて歩いて行こうとする。
が、
(お、重い……)
先ほどまでは羽根のように軽やかだった体が急に鉛のように沈み、玲阿を抱きかかえることはおろか支えることすら困難になった。
(な、なるほど……。騎匣獣を展開している間は身体能力が一時的に向上するが、完全に解除すると元の体力に戻る、というところかの)
と考えたところで、蒼天は懐に覚えのない何かがあることに気づいた。
それは赤い珠である。サイズは手の中に納まるくらいの赤く透き通った輝きの珠である。
(なるほど。これが騎匣獣や身体能力向上の要じゃの)
名前や道理はわからないが、珠を握って念じていると蒼天の感情に応じるように珠は赤く光を放つ。
(なるほど。こいつに念じることで騎匣獣を出したり、余の体を――コーティング? というよりは、換装というほうが近いのかの? 外見はそのままに身体能力を向上させた戦うための体に作り替えているというところか)
色々と試してみながら珠の仕様を少しずつ解析していく。
珠に念じることで蒼天の生身の肉体は戦闘のためのそれに置き換わるようだ。そして換装することで、それ以前に生身の体で受けた傷やダメージの影響は受けずに戦えるようになる。さらに換装している間に生身の体で受けた傷も回復するらしく、換装を解いて生身の体に戻った時には怪我のない体になっている。
(ふむ、つまり理屈の上では、戦闘中に換装、解除、再び換装というプロセスを繰り返せば負傷を無視して戦えるということになるが――)
負傷は回復するが、疲労は回復しない。
(さらに換装には体力――いや、違うの。魔力と呼ぶほうが自然かの。それなりにコストを使う故に、はっきりと言って効率が悪い。騎匣獣や兵士の顕現、維持、攻撃にも魔力を使うようじゃし乱発できる技ではなさそうじゃ)
そもそも、この効果がどこまで有効なのかもわからない。
今の蒼天はあくまで、手近な枝で腕を刺したり石を思い切り殴ったりといった、身近な範囲で起きる程度の負傷を試しただけである。これが深い刺し傷や四肢欠損といった重傷であっても同じように回復できるという保証はないのだ。
(さすがに試してみる気も起きんの。というか、実際に腕とか足とか吹っ飛ばされた時に解除、再換装とかやっとるとその間に殺されそうじゃし、うまくいったとしてもガス欠ですぐ倒れそうじゃ。そもそも、換装解除のタイミングに隙が生じる故に戦闘中にするのは難しそうじゃ)
そんなことを考えたり試したりしながらも蒼天は玲阿を抱えて森の外、山道の入り口についた。
玲阿の意識はまだ戻らない。仕方なく蒼天はそのままさらに山を下って旧校舎のある森のあたりへやってくると、そこには一人の男子生徒がぼうっとして立っていた。道着と袴を着ていることから、剣道部か弓道部の部員だろうかと蒼天は思った。
「――玲阿?」
その彼は、玲阿のことを知っている様子であった。