寡人不才、而群臣莫及者
蒼天はもちろん、馬を狙われる可能性は危惧していたし、それをされぬように大鬼の位置にも警戒していたつもりだ。しかし気が付けば馬を狙える位置に回り込まれていた。大鬼の機動力の見立てが甘かったのである。
「ちぃっ!!」
舌打ちしながら馬首を返しその攻撃を紙一重で躱す。無理な動きをしたせいで戦車は激しく揺れ、その先にあった木に激突しかけた。
「くっ、斬り倒せ!!」
右の兵士に命じて戈で木を払わせる。戈はその細さに似合わぬ破壊力で、斧でも振るったかの如く木を打ち壊した。
すかさず蒼天は手綱を操り、両輪をドリフトさせながら勢いを殺し大鬼のほうへと馬首を向ける。
「兵を動かすに躊躇いなく、気を見るに敏。そして勝利のために手段を選ばずか。良き将じゃの」
『将だと?』
大鬼は怪訝そうに眉間に皺を寄せた。
「おぬしは軍を率い、兵を操りて敵を打ち倒す者じゃ。これを将と呼ばずしてなんと呼ぶ?」
『我らは怪異だ。お前たちが畏れ、蔑み、忌み嫌うものである。貴様らごときの価値観で我らを量るな』
「なんじゃ、ノリが悪いのう。しかしおぬしがなんと言おうと、余はおぬしを将として認めた。どうじゃおぬし、余に仕えぬか?」
『巫山戯ているのか?』
「いいや、至極真面目じゃ。三軍は得やすく一将は得難しと言うであろう。まして余の国は人を用いるのが下手という慣用句まであるくらいじゃからの。ならば此度の生はその汚名を返上せねばならぬ」
『人は城、というやつか。だが誰が人間などの下につくものか。まして、お前のごとき小娘の!!』
大鬼は蒼天の言葉を侮りと判断した。
激昂し、怒りのままに金棒を振るう。今度は蒼天が周囲の木々を遮蔽としてその攻撃を防ごうと動くが、大鬼の膂力は凄まじく、森の木々など紙切れのように薙ぎ払っていった。
蒼天は左右の兵士に命じて攻撃をさせるが、戈の一撃も矢も大鬼の体には通らない。肌身であるはずなのにその体は鋼鉄の鎧のように堅かった。
一応、目や喉は急所らしくそのあたりを狙った攻撃には防御体勢を取っているが、何度もそこを執拗に狙わせてくれるほどの隙もない。
(まずいの――。誘導されとる)
躱しながら蒼天は周囲を見た。
大鬼の攻撃は、かろうじて避けられこそするものの、避け方を制限されている。そうして蒼天は段々と大鬼の部下の鬼たちが木ノ上で控えているあたりに近づいていた。
(あいつらが戦車の上に飛び降りてくれば、こちらは弓と長物じゃ。あっさりと手綱を奪われて終わる。さりとて矢で射落とそうにも、大鬼に対しての牽制をなくせばあの金棒に潰されて終わりじゃ)
蒼天が思考を巡らせてい間に戦車は鬼たちが待ち受ける地点へと近づいている。
「ええい、一か八かじゃ!!」
意を決して、蒼天は戦車を大鬼のほうへ向ける。
そして金棒を振り下ろすその最中へと真っ向から突撃していった。
戦車は木っ端微塵に砕かれ、兵士たちは消滅した。蒼天は直前で玲阿を抱き抱えながら高く、大鬼の頭よりも高くへ跳び上がる。
しかしそこは空中で自由が効かない。大鬼は蒼天を見上げて狙いを定め、金棒を振り上げようとする。
『終わりだ』
「貴様がの」
しかしそこで蒼天は不適に笑った。
そして叫ぶ。
「“曳け”――騎匣獣!!」
蒼天の声に応じて空中に戦車が現れた。戦車は底面を空に向けた状態で顕現し、左右に控える兵士たちも頭を地に向けている。
兵士たちはその体勢で矢を放ち戈を振るった。
一瞬の攻撃である。
矢は大鬼の喉を貫き、戈はその頭を両断した。
天地真逆の状態となった蒼天は、
「消えよ」
と口にして戦車を消滅させ、地面に落ちる直前でまた戦車を展開した。
「これは余が産み出した幻想の戦車じゃ。出すも消すも余の自在。無論、壊したところで余が健在ならば何度でも作り出せるに決まっておろう」
既に物言わぬ骸となった大鬼に向かって蒼天は勝ち誇るように言った。
そして木に登っている鬼たちのほうを見る。
「さて、あとは掃除じゃの。おぬしらも将を討たれたまま逃げ帰れはせんじゃろう。仇を討ちたくば受けてやるゆえ、かかってくるがよい」