強弩矛戟為翼
蒼天の体を赤い光が包む。
その中から現れた蒼天は、白銀のチャリオットに乗っていた。馬は二頭立て、蒼天がその手綱を握り、その左右には鉄鎧を纏った兵士が二人。右の兵士は先端がつるはしのような形をした戈と呼ばれる長柄の武器を、左の兵士は弓を持っている。
そしてチャリオットの中では玲阿が寝かされていた。
「さて、久方ぶりの戦じゃの。今世に置いてはこれが余の初陣じゃ。未だ我が三軍には遠く及ばぬが今はこれでよい。行くぞ」
蒼天は馬に鞭打ち、チャリオットを進める。
ようやく態勢を整えた鬼の群れたちは棍棒を振りかざしてチャリオットに突撃してくる。
その中を駆け抜け、通りすぎた時には十を越える鬼をなぎ倒していた。
戈の打突。
矢の雨。
そして馬による体当たり。
嵐が通りすぎたあとのような光景がそこには広がっている。
「よいか、この戦――余の勝利にて飾るは無論のことじゃが、玲阿には血の一滴すら浴びせてはならぬ。何よりもまずそのことを第一にせよ」
兵士たちは言葉を返さない。
しかしその意味は理解しているらしく、事実、玲阿の体には返り血一つ飛んではいない。
「さて、このままいくぞ。あの首魁を仕留めてやろうぞ」
蒼天が見据えるは、金棒を持った大鬼である。
しかし大鬼は蒼天の変化を見て、率いていた鬼の群れが蹴散らされても動じていない。事実、未だ数の利は大鬼たちにある。
『なるほど。面白くなってきた』
大鬼は口元を歪めて笑う。
応じるように蒼天も笑った。
『力のない小娘をくびるよりも、強きものを屠るほうが甲斐があるというものよ!!』
「うむ、余もまったくもって同感じゃ。さあ――戦の花を咲かすとしようぞ!!」
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『散開しろ。戦車に近い者は木を盾とし、後方の者は木に登れ』
大鬼が鬼たちに指示を出す。命令を受けると鬼たちは素早くその通りに動いた。
「ほう、理知なき怪物の類いかと思えば、戦車との戦いを知っておるか。率いる兵士どもの動きもよい。統率が取れておる」
蒼天の駆るチャリオット――戦車は古代の戦場において猛威を振るった兵器の一つである。古くシュメール文化では紀元前二千五百年には記録が確認され、古代エジプトでは紀元前千二百七十四年頃に起きたカデシュの戦いで、当時飛ぶ鳥を落とす勢いであったファラオ、ラメセス二世をヒッタイトが二千五百両の戦車でもって破り事実上の勝利を収めたという記録もある。
中国にも古代から存在し、春秋戦国時代に成立したとされる兵法書、孫子や六韜にも記述が残っている。
まさに古代戦の花形というべき兵器であり、戦車の保有数がそのまま国力であるという見方さえされてきた。
当然のことではある。騎馬、地域によっては牛が二頭から四頭連なって車を曳き、車上の高みから長物を持つ兵士たちが襲ってくるのだ。質量、速度の両方において歩兵に抗うすべはなく、騎兵でさえ部が悪い。
しかし中国から多くの文化、軍事的影響を受けたはずの日本において戦車が普及することはなかった。
その理由は単純である。
山岳地帯が多く、開けた道の少ない日本に置いて戦車は行軍に不便であるからだ。
「確かに山間では戦車は使えぬし、無理に使おうとすれば破損する。しかしそれは――あくまで、普通の戦車の道理じゃ!!」
蒼天が馬に鞭打つ。
戦車は森の中の木々を巧みに躱し、荒れた道を平地の如く進んでいった。そして木の後ろに隠れた鬼たちを兵士に命じて戈と矢で倒させていく。
「ふはは、痛快なり愉快なり!! まさに無人の野を征くが如くじゃのう」
蒼天は手綱を操りながら笑う。
すでに蒼天の近くにいた、木の後ろに隠れていた鬼たちは倒し尽くした。蒼天は手綱を緩めることはせず、そのまま後方、木に登った鬼たちを殲滅すべく直進した。
その時である。
戦車の横合いから大鬼が現れた。金棒を振り上げて狙うは蒼天――ではなく、戦車を曳く二頭の馬である。