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「あれ、御影さんじゃないか。どうしたんだい?」
「こんにちは、南方くん。ご歓談の邪魔をしてごめんなさい」
そう言って着物の女子生徒、御影信姫は仁吉に軽く会釈した。
仁吉は信姫とは去年、今年とクラスが同じであり彼女とは面識があった。とは言っても大したことを知っているわけではない。落ち着いた雰囲気と、いつも和服を着ていてそれがとても似合う黒髪の美人。剣道部の主将を務めており、誰に対しても慇懃な人。
あとはどうやら家が裕福らしい。
それが仁吉にとっての御影信姫の印象である。
「別に構わないよ。楽しい話で盛り上がっていたわけじゃないからね」
「そうなの? それならよかったのだけれど」
「それよりも、相談とは何かね御影君? 心なしか、疲れているように見えるが」
蔵碓の言う通り、確かに今の信姫はいささかやつれているように見えた。相談事で来たということなので、その悩みが心労となっているのだろう。
「ええ、その……至って個人的なことなので、生徒会長にお願いしていいのか迷ったのですが」
「構わないとも。誰であれ、どんなことであれ、私で役に立てることがあるならば微力ながら協力させてもらおう」
真っ直ぐな瞳。迷いのない力強い声。
一切の揺らぎも躊躇いもなく、そう答える蔵碓を見て仁吉はため息をついた。
これが蔵碓の長所であり悪癖であり、蔵碓は基本的に、他人の頼みを断らない。それが蔵碓を蝕む疲労の根本なのだ。
そして、一度引き受けると言ったことは、梃子を入れても撤回しないのが蔵碓の性分である。仁吉は諦めて、とりあえず話を聞くことにした。
「それで、悩みというのは?」
「ええ、実は……ここのところ、誰かにずっとつけ回されているような気がするのです。妙な視線を感じるといいますか、こう……狙われているような感じがしていまして」
「それはストーカー的な話? それなら、警察にでも行ったほうがいいんじゃないかい?」
とにかく少しでも蔵碓のやることを減らしたい一心の仁吉は冷ややかに言った。実際、信姫の相談の内容は生徒会への頼みごとの領分を越えている。
「ええ、届けは出しました。しかし、春休みがあけて、今日の日中は大丈夫かと思ったのですが、その……学校の中でもその視線を感じまして」
「つまり、そのストーカーはこの学校の誰かかもしれないと?」
「ええ。あまり、考えたくはないのですが、その可能性もあるかもしれないと。それで、生徒会長にそういった人がいないか調べていただくか……可能ならば、少しの間でかまわないので、その、護衛をしていただけると……心強いのですが」
なるほど、と納得して、心の中でもう一度、仁吉はため息をついた。
その内容であれば確かに蔵碓に相談するのも頷ける。
蔵碓は生徒会長として当然のことだと言って全校生徒の顔と名前、所属する部活と委員会を把握しており、加えて武道に長けている。
その腕前というのは、たまたま学校近くのコンビニに強盗が入った時に、ナイフを持った大人相手に素手で制圧したほどだ。その様子をたまたま見ていた生徒が誇張して言い触らした結果、生徒会長は武術の達人であるとか、大人が数十人束でかかっても敵わないとか、果ては素手で熊を倒せるなどといった噂となって学校中に浸透している。
「それで、どうでしょう? 引き受けていただけますか、生徒会長?」
「わかった。その相談……」
申し訳なさげに聞く信姫に、力強く答えようとする蔵碓。その言葉を言いきる前に、仁吉が口を挟んだ。
「僕が代理で引き受けるよ。それでどうだい御影さん?」
「南方くんが、ですか?」
「不満かな? 確かに蔵碓ほどではないが、僕も一応、武術をやっているし、クラスも同じだから普段の学校生活の中でも気を配ることは出来る。それに蔵碓は生徒会で多忙だろうからね」
「いえ、心強くはありますが、いいんですか?」
その問いに仁吉は頷く。
そして何か言いたげな蔵碓を制して、
「まあ、任せておけよ。それとも何か、自分なら引き受けられることでも僕に任せるのは心配だなんて言うんじゃないだろうな? そう思っているならそれは僕への侮りだ。そんなことを口にしようものなら、僕はもうお前との縁を切るぞ」
と、きっぱりと言った。
そこまで言われたのであれば蔵碓もそれ以上抗うことは出来ず、
「……気を付けるんだぞ、仁吉」
と、罪悪感の籠った声でそう言うことしか出来なかった。