the end of sleeping
そろそろ下校時刻が近くなってきた。
結局、蒼天たち三人は誰一人として一匹の小魚さえ釣り上げることは出来ておらず、釣果のないまま山を下っていた。
「残念だったねよっちゃん」
玲阿は少し気落ちした様子である。しかし蒼天の顔は晴れやかだった。
「いや、よい気分転換であった。なかなかに有意義な時間であったぞ」
「そうだな。私も、生徒と肩を並べて釣糸を垂れて語り合うのは楽しかったよ。気分もいいし、このまま軽く打ちに行くとするか」
ぐっと伸びをしながら琥珀は言う。
ギャンブルだなと二人は思った。
「ま、気を付けて帰れよ」
「はーい。じゃあ琥珀先生、また明日」
「賭け事はほどほどにの」
どう考えても生徒が教師に言う台詞ではないが、誰もそれを気にしてはいない。
そうして琥珀と山道の入り口で別れた後、玲阿は三年生の教室に竿を返しに行くことにした。蒼天はそれに同行するつもりであったが、
「――」
また、気配がした。
始業式の日の夜に感じたものに似た、形容しがたい胸のざわつきである。
何かが裏山にいる。
それは蒼天の中では確信に近く、そして待ち受けるものはきっと己にとって害ある物だともわかっている。
「すまぬ玲阿、忘れ物した。余は戻るが一人でよい。絶対についてくるでないぞ」
玲阿には強めの口調でそう言って、蒼天は山道を駆けていった。
先ほどはゆっくりと歩くだけでも弱音をあげていた道を、今は軽やかな足取りで登っていく。
(なんじゃ、何かおる? 何も分からぬまま、根拠のない予感に突き動かされておるだけなのに――何故、余の心はこんなにも昂っておるのじゃ!?)
そうして、蒼天はひょうたん池に着いた。
そこにいたのは――異形の怪物。俗に、鬼という呼称がもっとも当てはまる化け物の群れだった。
手に棍棒のようなものを持った人間サイズのものが、ざっと数えた限り、五十。
そしてそれらの頭目らしき、全長五メートルはあろうかというニ本角の、体の赤い大鬼が一体。
まさに、
「百鬼夜行――という言葉がよく似合う光景じゃのう。ハロウィンにはまだ早いのではないか?」
と、蒼天は姿を隠すこともせず馬鹿正直にその前へと進み出た。
『なんだ、小娘?』
頭目らしき大鬼が蒼天を睨む。声は豪雨のように激しく、圧倒的な声量で地面が震えていた。
「なんだと言われても困るの。ただの、通りすがりの美少女じゃ」
蒼天は不敵に笑う。自分でも驚くほどに、恐れはなかった。
『どう見ても検非違使の術者には見えんな』
「検非違使っておぬし、見た目通りに平安絵巻から出てきた鬼のようなことを言うのう。そんなもの、とうの昔になくなったわ」
蒼天はそこまで歴史に詳しいわけではない。
検非違使と聞いても思い付くことと言えばせいぜい、かつて源義経が与えられた官職というくらいのことしか思い付かなかった。
ちなみに検非違使は京都、並びに律令制時代の各国に置かれた治安維持職のことである。
いずれにしろ蒼天の言った通り、現代にはないはずだ。しかし――。
『そうか。知らぬということは、やはり貴様はただの凡人か。ならば――ここで死ぬがいい』
大鬼が右手を振り上げる。その手に金棒が現れた。それを蒼天目掛けて勢いよく振り下ろす。
蒼天は逃げようとすらしない。
(あの鬼めの言う通りよ。ここで死なば――余は、ただの凡俗ということになるな)
しかしその時、誰かが蒼天の手を掴んだ。