what's your soul form?_3
琥珀の回答に蒼天は首を傾げる。
絵の具の質やジャンルについて聞いたつもりだったのだが、まったく違う答えが返ってきた。
「えーと、それは、題材的な話かの?」
「ああ。私にとっての永遠の命題でな。水彩、油絵、水墨画もやったかな。デッサンだけの時もある」
「というか、人の魂ってなんじゃ? もしや琥珀はそういうのが見えるのか?」
「少し違うな。私はただ、他人を観察することでその相手の魂の形を想像するんだ。容姿、性格、趣味や生き方――。そういう様々な要素からその人間の芯みたいなものを抽出していくイメージだ。私のやってることは慣れと技術だが、学生時代の友人には素でそれをやってる奴がいてな。今思えば、一種の共感覚みたいなものだったんだろうさ」
「共感覚っていうと……音に色がついて見えるとかいうあれかの?」
「そう。要するに、感覚的な一つの情報に本来感じることのない別の感覚情報を受けとるということだ。文字に匂いがしたり、色に味がしたりみたいな感じでな」
琥珀の話は段々と抽象的になってきた。そもそも共感覚という言葉自体、そういうものがあると知ってはいるがいまいちしっくりこない。
「えーと、つまりあれか。その共感覚の真似事、みたいなことをして琥珀は他人の魂みたいなものを感じ取って、絵にしていると」
「ああ。だがこの真似事というのが難儀でな。無論、魂の形なんて本当のところは誰にもわからないんだから正解なんてない話なんだが、出来上がった時に全然しっくりこない時もあれば、こいつの魂の形はこうに違いないと自信を持って言える時もある」
「ああ、それでさっきのギャンブルの勝ち負けの話になるのか。でもそれって、琥珀の胸三寸ではないのかの?」
「いいや。ギャンブルで大勝ちした時の絵ってのは本当にダメでな。私としてはそういうジンクスを抜きにして抽出したものを描き出してるつもりなんだが、妹曰く『百円で売ってもぼったくり』レベルらしい」
あまりにも辛辣な評価である。
そこまで言われるとむしろ、琥珀としては駄作なほうの絵に興味が湧いてきた。
「ちなみに……出来のいい時の絵っていくらくらいで売れとるんじゃ?」
「さあな、聞いてない。だが毎月私に数万の小遣いを喜んでくれるんだから、それ以上の利益は出てるんだろうさ」
興味なさげに琥珀は言う。自分の絵の話だというのにその語り草はまるで他人事だ。
「ただ、私はいいものが描ければそれで満足だからな。値段なんてどうでもいいし、出来たものを自分で持っておきたいとも思わない」
「プラモとかを、完成させることよりも作ることが目的で組み立てる感じかの?」
「そうだな。たぶんそんな感じだ。私は絵を描いてる瞬間と、いいものが出来た一瞬の満足感が好きなんだ。だけど次の日にその絵を見たら、どうしても粗に目がいく。もっといいものが描けるはずだとな」
「それでまたギャンブルして創作しての繰り返しというわけか。なんか、昭和の文豪みたいな生き方しとるの」
当然、褒め言葉ではない。
琥珀もそれはわかっているが、だからといって気分を悪くする気配もなかった。
「人にはそれぞれ業みたいなものがあるからな。きっと私はそういう風にしか生きられないように出来ているんだ。ああ――そう言えば、さっき話した昔の友人は私の魂の形を『四つの瞳』と言っていた。意味は今もよくわからんがな」
「そのうちムー大陸の超能力でも使えるようになったりするのか?」
「そりゃあ三つ目だろう。というか、よくそんな古い漫画知ってるな」
「昔図書館にあっての。しかし、四つの目となると、やはり琥珀も人に見えぬものが見えるということではないのか?」
「さっきも言っただろう? 私は技術と経験で見ようとしてるだけだと。それに、何もしなくても見えるものをそのまま描いたんじゃつまらないからな」
「ちなみに――余の魂の形とかも見えるのか?」
「あー、興味ある? やってもいいけど、今の私は不調だからあんまアテにはならないぞ。それでもいいなら」
かまわないと頷くと、琥珀は蒼天をじっと見る。
顔を見つめ、全身を軽くさらうように眺め、何度かまばたきしたかと思うと、顎に右手を当てた。
「……魚、かな。川の中で居眠りしている蛇のような魚」