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BARBAROI -鬼方の戦士は八徳を嗤う-  作者: ペンギンの下僕
prologue3“silent p*****x awaking”
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what's your soul form?_2

「釣れないな」

「釣れませんね」

「これ、ボウズコースじゃの」


 三十分ほど経っても三人の釣果の合計はゼロ匹だった。

 時間だけが過ぎていく。琥珀はずっと電子タバコを咥えており、気が付くと箱が一つ空になっていた。


「ねえ琥珀先生、飴玉持ってない?」

「あるがやらん。あれは私の生命線だからな。ニコチンが切れた時に糖分がない時の絶望はスロットで札全部スッた時に財布に小銭が一枚もない時の地獄と同じなんだ」

「は、はぁ」


 琥珀の例えは玲阿にはわからなかったらしく、首をかしげている。

 別にわかる必要もないし、わかるほうが問題のある例え話ではあるのだが。


「私、ちょっと場所変えてみるね」


 玲阿はそう言って立ち上がると竿を持って移動した。


「おー。落ちないように気をつけろよ」


 琥珀はそうとしか言わなかった。

 いちおうひょうたん池には周囲に柵が張り巡らされてはいるが、高さは膝下くらいまでしかないので高校生がその気になれば乗り越えられてしまうものではある。

 ひょうたん池自体がそこまで大きくはないので玲阿が視界の外にいくことはなかったが、少し離れてしまったので会話は出来ない。

 蒼天は琥珀と二人になって、何か話すべきかと考え、ふと気になったことを思い出した。


「そういえばさっき、おかしなことを言っとったの。勝ち続きで調子が悪いとはどういうことじゃ? 勝ってよろこばぬパチンカ……ギャンブラーなどおるのか?」

「ああ、あれか。調子が悪いのは賭け事のほうじゃなくて、個人的な創作のほうでな」

「そういえば趣味で絵を描いとるとか言っとったかの?」

「趣味とはちょっと違うが――まあそんなところだ。私にとって酒とタバコは空気みたいなもんだが、ギャンブルは天秤なんだよ」

「前に恋人って言っとらんかったか?」

「似たようなものさ。それでまあ、私がギャンブルと出会ったきっかけはだな」


 まるで恋人との馴れ初め話でも話すように琥珀は語る。琥珀にとっては同じ部類の話なのかもしれない。

 聞いた手前もあるし、どうせ釣り糸は動く気配もないので蒼天は大人しくその話に耳を傾けることにした。


「学生の頃からの日課で、教師になってからも絵は描き続けてたんだが、どうにも一時スランプになってな。そのころの私は酒とタバコしかやらない健全無害なニュービーティーチャーだったんだが」


 健全という言葉に謝れと心の底から蒼天は思った。


「その二つに頼っても筆が進まない。どうしていいかわからなくなって、ふらっと入ったのは、ネオン輝き、喧騒が渦巻き、人間の幸福と絶望の坩堝たる場所だったというわけだ」

「パチ屋じゃろ」

「あの日、そこで初任給全部スッた時のことを私は今も昨日のことのように覚えているよ」


 涼し気な顔つきで語る琥珀を見て、蒼天は愛想笑いすらする気が起きなかった。


「そしたらその日の夜はやたらと筆が進んでな。飯も食わず、酒も飲まず、タバコすら吸わずに徹夜して描いた絵は私のそれまでの人生で一番の傑作だったんだ」

「な、なるほど……?」

「それから暫くは調子がよくてな。しかしまた少し行き詰るようになってきて。だからもう一度打ちに行ったんだ」

「というか初任給丸ごと突っ込んであとひと月どうやって生きたんじゃ?」

「描いた絵を妹にくれてやって小遣いもらった」


 琥珀に妹がいるとは初耳だったが、蒼天は顔も知らぬその女性に同情の念を禁じえなかった。

 社会人になった姉に小遣いを渡す妹の心情というのはいかなるものか。腹が立つか、切なくなるかわからないが、いい気分はしないだろう。


「でさ、もやし生活で酒は一日二本、タバコは一箱なんて生活をしてると筆も乗らないわけだ。だからここはもう一度打って負ければまたいいものが描けるんじゃないかと思ったんだ。ゲンを担ぐというか、ジンクスみたいなものだな」

「妹にもらった生活費でギャンブルをするでない!!」

「そしたら千円札が百倍になってな」

「は?」

「スランプが加速して、勝った金は全部酒とタバコに消えた」


 蒼天は絶句した。

 琥珀は無論のこと、ちゃんと教員免許を持っているし普段の勤務態度自体はまともらしい。ホームルームや授業に遅刻したことはないし、生徒に頼まれたことはなんだかんだ言いながらちゃんとこなしている。

 酒やタバコ、ギャンブルにしても法的に問題がある行為ではなく、教師がそれらをやってはいけないという法律もない。

 しかし蒼天にはどうしても、琥珀が教師を名乗ること自体が何かの法に触れるのではないかと思えてならない。


「それ以来、ギャンブルで勝ったら筆が乗らない。負けた時ほど会心の作が描けるというサイクルを繰り返していてな。今は勝ち続きだから創作のほうが不調というわけだ」

「ずっと筆が乗らんほうが妹どのにとっては平和なのでは? いい作品が出来たとか言って押し付けられて金の無心をされるとか地獄じゃろ?」

「いや、絵を売った金で元は取れてるらしいぞ。教師は副業禁止だからあいつに渡していいようにしてもらってるんだ。画材やらは給料で買うし、あとはたまにギャンブルする小遣いがあればいいからな」


 これはこれで法に触れていそうな、かろうじてセーフのような際どい話であった。

 少なくとも蒼天はずっと呆れている。


「ほんとに値段ついとるのか、その絵?」

「ああ。あいつは画商だからな。そういうところで嘘はつかないよ」

「しかし、絵が売れるなら普通にそれ一本で食っていけばよいのではないか?」

「教師は教師で、選んでなった職業だからな。絵は何をしていても描けるが、生徒と語り合うことは学校でしかできないだろう?」


 どうやら琥珀にも、彼女なりに教師を志すだけの何かはあるらしい。

 それはそれで気になるが、今の蒼天にはそちらよりも琥珀が普段描いているという絵のほうが気になった。


「琥珀は普段、何描いとるんじゃ?」

「人の魂」

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