what's your soul form?
二人は山道を進みひょうたん池へ向かった。
だいたい山道を十五分ほど歩くと着く距離なのだが、蒼天はすでに息を切らしている。
「よっちゃん。余計なお世話かもだけど、もう少し体力つけなよ?」
「な、なにをこの程度……。余の手に、かかれば……こんな小山ごとき」
「足じゃなくて?」
「ええい、揚げ足を取るでない!!」
竿二本と餌の入ったクーラーボックスは玲阿が持ち、かつ玲阿は蒼天のペースに合わせて歩く速度を落としている。それでも蒼天はこの様であった。
「もう、そろそろじゃの。……おや、あれは?」
二人がひょうたん池に着くとそこには先客がいた。
蒼天と同じ燃えるような赤髪を持ち、丸眼鏡を掛けた美人の女性。坂弓高校の美術教師であり、蒼天たちの担任でもある岡町琥珀だった。
「お、蒼天に玲阿じゃないか? お前たちも釣りか?」
琥珀は電子タバコを加えながら、持参らしき持ち運び椅子に腰かけて頬杖をついている。
「琥珀先生も釣りですか?」
琥珀は基本的に生徒を名前で呼ぶ。そして生徒たちにも、名字でも名前でも好きに呼べと最初のホームルームの時に言った。そして実際にクラスの大半から「琥珀先生」と呼ばれている。
「ああ。このところ勝ち続きでな。おかげで絶不調だから息抜きだ」
「勝ちってなんの勝負ですか?」
「ギャンブルじゃろ。パチンコか競馬かまでは知らんがの」
「お、よくわかったな。昨日はスロットだ。もうランプが光りまくってな。閉店間際までフィーバーだったよ」
つまらなさそうに琥珀は言う。無論、賭け事の話を楽しげにされても反応に困るのだが、それはそれとして、
「相変わらず教育に悪い大人じゃの」
と蒼天は思わずにいられない。
新クラス最初のホームルームでのことだ。美人で、しかも二十代とまだ若い女性教師が担任とあって、彼氏はいるかなどという質問をする馬鹿な男子生徒がいた。
琥珀はその時に、
『馬券とメダルとパチンコ玉。あとはニコチンとアルコールだな』
と真顔で言い放ち、生徒達からダメな大人と認識されている。しかし偉ぶらないことと適度に緩い性格なため、親しまれているのか侮られているのかはさておき、生徒達は打ち解けて接している。
「いいだろ別に。教師がみんな、勉強しろとか真面目にやれとかしか言わない人間ばかりだとお前らも息が詰まるだろう。他の教師連中はそういうことを言うのが仕事なんだろうが、小言を言わないのが私の仕事だと思ってるよ」
「本当に教師かおぬし?」
「ああ。教員免許はちゃんとあるぞ。だいたい、お前らもそろそろ高校生だ。他人を見ていいところを教訓にして、悪いところは戒めにすることを覚えるといいさ」
電子タバコを新しいものに変えて気だるげに話す琥珀は、言葉だけを聞くとそれらしい話に思えるが、普段の緩さを知っている蒼天と玲阿には煙に巻かれているような気分になってくる。
琥珀は基本的にホームルームは適当で、普段の授業でもとにかく緩い。授業中は煙草を吸えないからという理由で常にキャンディを咥えているし、それを正当化するために音さえ立てなければ飲食自由である。
「と、話し止めて悪いな。せっかく来たんだ。釣るといい。見たところそのために来たんだろう?」
「あ、はい。ところで先生はよくここで釣りしてるんですか?」
「よく、というほどじゃないが半月に一度くらいかな。しかし最近は釣りなんて悠長な遊びをする生徒もほとんどいないから、ここでお前たち以外の生徒と会うのは……綰以来かな?」
そう言いながら琥珀は二人の竿を取り、餌をつけ、後は池に針を垂れればいいだけの状態にしてくれた。
「たがねさん、ですか?」
「お前は確か陸上部で一緒だろう? 今津だよ。というか、その竿は確か綰のじゃないか?」
「あ、今津先輩ってたがねっていう名前なんですか?」
「まあ、呼ぶことないし読めないよなあの字は」
それから暫く二人はその先輩の名前の話をしていたが、蒼天にとっては見知らぬ先輩の話である。適当に聞き流しながら池に釣り針を垂れてぼんやりと水面を眺めることにした。
「ところでお前たちはどうした? 特に玲阿は部活もあるだろうに、なんでわざわざ釣りなんてしに来たんだ?」
「玲阿は余に付き合ってくれたのじゃ。ここのところ、バイト探しで思った以上に疲れていたようなのでの」
「ああ、そういや申請出してたな。ま、気楽に探すといいさ。必死の形相で来られると人間はかえって警戒するものだ」
「そういうものかのう?」
「そういうものだ。しかし……釣れんな」
よく見ると琥珀は椅子の横に釣果をいれるための水の入ったバケツを置いていたが、そこには一匹の小魚すら入っていなかった。