redhair girl
翼なくとも飛び上がろう 天を衝くほどの志で
剣なくとも立ち向かおう 龍を凌ぐ覇を以て
姓は消え
名は埋もれ
喉は枯れ
帥は離散し
国は亡く
ここに在るは ただ魂のみ
されど天命は
常に激流の最中へと 貴女の魂を誘うのだ
それは始業式の日の夜のことだった。
胸の奥底がわけもなくざわつくのを、黒セーラーを着た少女、三国蒼天は感じ取った。
それは動物がいずれくる地震の予兆を本能で感じるような、本当にただ感覚的なものである。
何かが起きたような気がする。何かがこれから起こる気がする。しかしそれらはどこまでも、気がするだけで、具体的な根拠は何一つとしてない。
なんとなく落ち着かなくなって蒼天は、自分の、燃えるような赤髪を左手でくるくると弄びながら天井の照明を見つめていた。
「どしたのよっちゃん?」
蒼天をよっちゃんと呼ぶ彼女は、中学からの蒼天の友人、茨木玲阿だ。共に市立坂弓高校に進学し、クラスも同じである。今日はショッピングモールのフードコートで夕飯を共にしていた。
「ん、いや。なんでもないぞ玲阿。気にせずともよい」
「なーんか悩み事かねヨッチ? 今日からアタシら、花のJKなんだしさ。もっとアゲてこーぜー!!」
蒼天の肩を組んで、高いテンションでそう言ったのは、二人と同じクラスの逆瀬川忠江だ。長い髪をツインテールにまとめた、いかにもギャルという派手な格好をしている。
忠江は中学の時に二人と交流はなかったが、同じクラスになって五分で意気投合し、こうして共に食事に来ている。
「というかヨッチ、あんま食べてなくない? 体型通りに少食な感じかね?」
忠江の言う通り、蒼天が食べたのはサンドイッチが一つとSサイズのコーヒーのみだ。
それに比べて、玲阿はビッグサイズのカツサンドにポテトとナゲット、そしてメガサイズのコーラを頼み、既に半分以上は食べている。
忠江に至っては大盛りのオムライスを食べた後に、まだ足りないといって別の店でラーメンとチャーハン、餃子セットを買ってきて、しかもそれを二人よりも早く平らげていた。
「身長の話はするでない!! というか、余はまあ少食かもしれんが、おぬしらは少し食べ過ぎではなかろうか? 花のJKがそんなドカ食いして体重とか気にせんの?」
身長は、蒼天と忠江は150センチくらいで似たようなもので、玲阿は少し高く160くらいである。三人とも特に太っているということはなく、標準的な体型をしている。
「まーそりゃ気にするっちゃするでしょ。だから腹八分目で抑えてるじゃんね」
「まあ、私は……たまにならいいかなって」
「おぬしらの胃はブラックホールか何かか? 余はおぬしらの食いっぷりを見ているだけで軽く胃もたれしてくるのじゃが?」
実際に、二人の食事量はこの年の女子としては多いほうだろう。玲阿はたまにと言ったが、蒼天と食事をする時や普段の弁当にしても、玲阿は基本的に蒼天の倍は食べている。
忠江に至っては、食べたものがこの体のどこに消えているのかと素朴に疑問に思うほどであった。
「ふっふ、アタシの食事シーンでヨッチはお腹いっぱいってわけかい? んじゃ鑑賞料もらっちゃおかなー?」
「音だけ聞いて帰るがよい」
「でもさ、本当によっちゃんはいつも少食だよね? それでもつの?」
玲阿は心配そうな顔をして蒼天を見る。蒼天の家庭事情は特殊であり、経済的に余裕があるとは言えない。そのことを知っている玲阿は、蒼天が我慢して少ししか食べていないのではないかと案じているのだ。
「余は本当にこんなもんじゃ。単純に胃に入らん。だからそう不安そうな顔をするでない」
「……そっか。それならいいけど」
「んじゃさ、これからボーリングいこうぜ?」
「どのあたりが、んじゃさ、なんじゃ!? 話の脈絡無さすぎんか?」
「フッ、友情ってのはよ、いつだってフィールドで生まれるものさ」
顔をキリッとさせて、低く落ち着いた声で忠江は言う。ただしその言葉は二人には意味がわからないものだが。
「……そうなの?」
「何を言っとるんじゃおぬしは?」
「いけばわかるさ。つーわけでレッツゴー!!」
話している間に三人は食事を終えていた。
忠江は二人の目の前にある空のトレイを引っ付かんでそれぞれの店に返してきたかと思うと、二人の手を取って強引に引っ張っていく。
「なんじゃこれ本当にいく流れかの?」
「うーん、まあ、まだ八時前だし、少しくらいならまあいいかな」
そうして三人はボーリング場へと、忠江によって引きずりこまれていった。