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BARBAROI -鬼方の戦士は八徳を嗤う-  作者: ペンギンの下僕
chapter1“*e a*e *igh* un***tue”
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twin chainwhips_2

 それは疑い半分のカマをかけた言葉であったが、この反応を見て泰伯は確信した。

 あの部屋について包帯の女は何かを知っていると。

 迫ってきてはいるが彼女は無手だ。ならば傷つけずに無効化する自信はあった。


孫家(そんか)攻式(こうしき)五火之変(ごかのへん)”」


 差し出されたその右手の先から、赤い炎が吹き出すのを見るまでは。

 咄嗟に泰伯は体を横に翻してそれを避ける。その瞬間に理解した。人の形、人の大きさをしているが、先ほどの蜘蛛の怪物同様に人智で測れる相手ではないのだと。 


「……何者だ、貴様」


 包帯の女が泰伯に問う。

 表情は見えずとも敵意に溢れているのがわかった。


「茨木泰伯。ただの、しがない剣道部員ですよ」


 毒で衰弱しているのを気取られぬよう、泰伯は強がりの笑みを浮かべる。


「とぼけるな。その動きといい、今の一撃に動じないことといい、何よりも――その剣だ。貴様もこちら側だろう?」

「そうなるのですかね? よくわかりませんが――貴女を素通りさせるわけにはいかない、とは思っていますよ」

「そうか。ならば――押し通るまでだ!!」


 そう言うと包帯の女は懐から赤く輝く珠を取り出した。

 それを握り、そして叫ぶ。


「“()け”――破荊双策(はけいそうさく)!!」


 赤い珠が二つに分裂し包帯の女の手へと飛ぶ。そしてそれは、鞭のような武器へと形を変えた。

 鞭といってもその形状は紐ではなく鎖で出来ており、先端は(やじり)のように尖っている。

 包帯の女が鞭を振るう。

 泰伯は咄嗟に後ろへ跳んだが、鎖は泰伯を追尾するように伸びてきた。切り払おうとすると鎖は蛇のように剣に巻き付いてくる。素早く剣を引いて絡め取られることだけは防いだが、次から次へと、二本の鎖は縦横無尽に泰伯へと迫り続けている。


(厄介だな。迂闊に弾こうとすると剣が取られそうになるし、そうでなくても間を詰められない。それに、珠に呪文を唱えて武器に変形させるなんて……まるで、僕の無斬と同じじゃないか?)


 偶然とは考えにくい。つまり、泰伯の無斬と包帯の女の鞭――破荊双策(はけいそうさく)は同じ系統の力という可能性が高いと泰伯は考えた。


(これはますます、彼女に話を聞かなければいけないな。しかし……)


 とにかく隙が無い。

 間断なく鎖で攻め立てられて近づくことが出来ず、むしろ、攻防を重ねるごとに彼我の距離は開いていくばかりだ。これではいかに無斬が優れた剣と言えど為すすべがない。

 泰伯には未だ蜘蛛の怪物から受けた毒が回っているという不利もある。しかし泰伯にとってそれは激痛を伴うというだけで、瞬間的な動きが鈍くなるというわけではない。消耗が激しく、連戦ということもあって戦い続けられる時間が短いという点では不利なのだが――時間に制限がなかったとしても、有利不利は変わらないだろうと泰伯は思う。


(目の前のこの――絞られた矢のような相手と対峙している最中なら、あの蜘蛛の毒なんて、むしろいい気付けにすら思えてくるね)


 包帯の女には遊びがない。慢心がなく、侮りがなく、そして油断がない。

 圧倒的な体格差を持ちながら泰伯を見下していた蜘蛛の怪物と違い、包帯の女は泰伯を対等の敵として認めている。認めているが故に、その攻撃は冴え渡っており、つけ入る隙はほとんどなかった。

 ただ一つの点を除いては。


(何故かは知らないけれど――彼女には、殺意がない)


 そもそも、鞭を武器として扱うことの真髄は、そのしなやかさをもって打ち付ける攻撃にこそある。

 ほどほどの長さで作り、先端を敵に打ち付ける瞬間に手首の返しで先端部分を翻すことで、音速を越える速度の衝撃を一点に集中させることで激痛を与えるものなのだ。

 その痛みというと成人男性でも耐えられないほどのものであり、武器として鞭を使うのであれば、叩きつけるという攻撃を使うのが自然である。

 にも関わらず包帯の女は、一度もそれをしようとしない。

 ただひたすらに泰伯の手足、剣に鎖を巻きつけようとしてくるのみだ。

 距離があるため、狙えないのかとも思ったが、その可能性も低いと泰伯は見ている。そもそもが、実戦で選ぶ武器として鞭は難易度が高い。にも関わらず、鞭の扱いに関して包帯の女の技術は極めて高いのだ。戦いに関しても不慣れという感じはせず、むしろ、歴戦という言葉が似合うほどに鞭を操る様は堂に入っている。

 だからこそ泰伯は攻めあぐねているわけであり、同時に不可解だった。


(僕を障害と認めているなら、殺すか、無効化するにしてももっとやりようはあるはずだ。最初の一撃だって、避けるのがそう難しい一撃じゃなかった。やれないのか、やりたくないのかはわからないけれど――そこに僕の勝機がある!!)


 泰伯は一度、包帯の女と大きく距離を取る。

 それを見て包帯の女も一度、鎖を縮めた。


「――何が狙いだ、茨木?」

「さてね。正直に話すと思うかい?」

「すまし顔で、冷静な風でいるが――何か、勝算の見えない賭けに出ようとしているな。敗兵の顔をしているぞ」

「ふむ、“敗兵は先ず戦いて(しか)る後に勝ちを求む”。『孫子』ですか?」

「よく知っているな。ならば――」


 叫び、包帯の女が鞭を振う。その先端が泰伯の体に届くかどうかというところで泰伯は、自らの心臓のあたりを先端の鏃の当たりへと持って行った。


(一瞬でも怯めば、その間に間を詰める!!)


 それが泰伯の狙いだった。もし包帯の女が泰伯の心臓を貫くことを躊躇わないのであれば、直前で剣で鏃を弾いて、また距離を取るつもりでいた。

 しかし包帯の女は泰伯の行動を見た瞬間、両手の鞭を手放した。

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