the angler
悌誉はどうやら“伏魔殿の鍵”について心当たりがあるようである。蒼天たち三人の視線が悌誉に集中した。
「あの……話しにくいことなんだが、ほら、前に私が騒動を起こした時にだな」
そう切り出したことで蒼天と桧楯はあることを思い出して叫ぶ。
「……そういえば正雀某が、転生鬼籙は旧校舎の地下から盗み出したとか言うておったの」
「もしかしてあれがあったのって、封印の奥だったんスか?」
桧楯の言葉に悌誉は頷く。曰く、不八徳の首魁から与えられた木製の鍵のような物を手にして旧校舎の更に奥底にある異界化した空間に行き、そこに転生鬼籙があったらしい。
「ちなみに悌誉姉。その鍵はどうしたのかの?」
「……そいつに返したよ。ちなみに、これは確か蒼天と琉火ちゃんにも話したけど、転生鬼籙も今はそいつが持ってる」
「そういや悌誉姉さん、その首魁って誰? 学校の人?」
龍煇丸が聞くと悌誉は申し訳なさそうに目を伏せた。
「それは、言わないという約束でな。というよりも、言えないように呪いがかけられているんだ」
「ま、悪党ならそれくらいはするじゃろうの」
しかしこれで“伏魔殿の鍵”についての信憑性が一気に高まった。というよりも、その不八徳の首魁が騎礼に渡し、騎礼が仁吉たちを戦いの場に誘い出すための餌に使ったと考えるのが自然だろう。
「しかし、何があるんだろうねあそこの下?」
龍煇丸は浮ついた声で言った。好奇心もあるだろうが、それ以上に物騒な何かが起きるのを期待している顔つきである。
「ああ、そうだ。その鍵についてなんだけどさ」
もう一つ思い出したことがあったようで悌誉が言う。
不八徳の首魁――信姫は悌誉に、その鍵を使えるのは傀骸装を使える者だけだと説明してしたらしい。それを聞いて龍煇丸はますます顔をにやつかせていた。
「つまりさ。まあ、絶対あの奥を一度は調査する流れになるよなー。んでもって、傀骸装持ちしか入れないってなるとー。これはもう、自然で当然でやむを得ないことになっちゃうよなー!!」
「なら少しくらいやむを得なさそうな顔してくんないッスかねこの馬鹿姉貴!?」
自分に伏魔殿――旧校舎地下の調査任務が回ってくるだろうと考えた龍煇丸は隠す気もなく心を躍らせている。桧楯に怒られても一向にそれを改める様子はない。
「それはつまり余にも回ってくるということでは?」
「……そうなったら私もついていくよ」
蒼天は気の重そうな顔をして、そんな蒼天を励ますように悌誉はその肩に手を置く。
そして蒼天は他のメンバーとして、仁吉と泰伯も来るだろうと考えていた。
羿と戦った時と同じメンバーである。違いといえば船乗りシンドバッドがいるかいないかくらいだ。
と、そこで蒼天はふと思いついたことがあり、三人に船乗りシンドバッドの話をした。
桧楯については名前すら聞いたこともなく、悌誉のついては過去に一度遭遇しているのだが、その時は名乗っていないので蒼天の言葉と結びつかなかった。
「不八徳やら八荒剣のことに訳知りな不審者じゃがの。もしや、封印をしたのは其奴ではないかと思うのじゃ?」
「えー、でもあいつが八荒剣なら寿命合わなくね?」
龍煇丸の指摘に蒼天は、それはそうなのじゃが、と頷く。確かにここまで不八徳も八荒剣も坂弓高校の生徒ばかりということを考えると、船乗りシンドバッドもまた生徒ではないかと考えるのは自然なことであり、そうなると数十年前に施された封印の術者ということはあり得ない。
「しかしの、そこを何かしらの裏技で誤魔化してしまえばあり得るかもしれぬと思っての。というのも、其奴から“鬼名”を聞いたのじゃが、あいつは――自分のことを太公望じゃと言っておった」
意外な名前が出てきた、と三人は思った。
太公望とは古代中国、周王朝の建国の祖、武王に仕えた軍師である。日本では殷から周への王朝交代を舞台にしたファンタジー軍記『封神演義』の主人公としても有名な人物だ。
そして、“鬼名”の鬼の定義が中華――つまり中国の王朝に外を成した蛮族を指すのであれば太公望は当てはまらないように思えたのだ。
「いやまあ、太公望は北方の遊牧民族、羌族の出身という説もあるから、そう考えればあり得る……のか?」
「でも太公望ってバリバリ体制側じゃないですか?」
「そうなんじゃよなー。んでもってたぶんその“鬼名”とか嘘っぱちだと思うのじゃがの。どうも余はあまり信用されておらぬっぽいし」
蒼天の言葉に三人は怪訝な目をして蒼天を睨んだ。その言葉が本当なら前提が崩れるからだ。しかし蒼天は何ということもない顔をしている。
「しかしの。人間、嘘をつく時にも頭を使うであろう。ならば、奴が太公望を名乗ったことに意味か理由か、あるいは無意識に何かが働いたという可能性はあると思っての。例えば、卓越した仙術使いだと思われたい、とかの」
「それで、日本で一番有名な中国の道士だから旧校舎の封印と関係あるかも、ってことッスか?」
桧楯の言葉に蒼天は頷く。あり得ない話ではないが、今の段階では推測の域を出ないものであった。
「ああそれと、奴の“鬼名”を余から聞いたというのは内密に頼む。口止めされておるからの」
罪悪感の一つもなしにそう口にする蒼天を見て桧楯は、
「……まあそりゃ、信用しなかったその人の判断が正しかったんじゃないッスか?」
と、口を挟む余地のない正論をこぼした。