the war_2
休み明け、六月三日月曜の朝。
仁吉はいつも通りの朝の日課であるランニングを済ますと学校へ向かった。その間も仁吉はずっと、騎礼に言われたことを考えている。
騎礼は一騎打ちではなく戦争がしたいと言った。
しかしそれの意味するところは何も分からない。分かっているのは、好きなように仲間を集めてもよいということだけである。
といっても仁吉にとって“鬼名”持ちないし異能の力を有している知り合いなどそうおらず――必然的に、出来れば関わり合いになりたくない相手が頭をよぎるのだ。
「……まあ仕方ない。とりあえず蔵碓だな」
騎礼の提示した景品、“伏魔殿の鍵”なる品の存在もある。蔵碓ならば分かると騎礼は言っていたので、とりあえず話をするため、学校についた仁吉は生徒会室に向かった。
まだ朝の七時半だというのに、そこでは既に蔵碓と泰伯が何やら書類に目を通していた。
「む、朝からどうした仁吉? 何かあったか?」
堅苦しい声で蔵碓が聞いてくる。泰伯も手を止めて仁吉のほうを見た。
「まあ、あったというか……。これから起こるってところかな?」
「また何か不八徳関係のことですか?」
泰伯の言葉に仁吉は、苦々しさを含んだ顔で頷く。
「実は騎礼が不八徳でな。戦争を挑まれたから手伝ってくれないか?」
「……はい?」
仁吉の説明は言葉足らずが過ぎたので泰伯は思わず間の抜けた声を出す。しかし蔵碓は至って真面目な顔をした。
「そうか、騎礼がか。大丈夫か、仁吉。お前はあいつと親しくしていただろう?」
「大丈夫だよ、僕は。別に気にしてないし。あいつならまあそういうこともあるだろうさ」
「いやあの会長。気持ちは分かるんですが……他に聞くことありますよね?」
泰伯に言われて蔵碓は、そうだなと頷き詳しい話を仁吉に聞こうとした。しかし仁吉としても、話せることといえば今言ったことがほとんどすべてなのである。
後は補足することというと、次の日曜日までに仲間を何人でも連れて裏山に行くこと。こちらがその戦争に勝てば“伏魔殿の鍵”なるものをくれる、ということくらいであった。
「なるほど。しかし……“伏魔殿の鍵”か」
「それ何なんだよ? あいつ、お前なら分かるって言ってたけどさ」
「なんだかすごく、百八人の悪漢が解き放たれそうなアイテムですね?」
泰伯は伏魔殿という単語の元の由来――『水滸伝』を思い浮かべながら言った。その冒頭で魔性を封印している場所が伏魔殿なのである。
流石に『水滸伝』の伏魔殿ではなく何かの比喩だろつと思いつつも、あまり良いものではなさそうだと泰伯は思った。
そして仁吉と泰伯は訳知り顔の蔵碓を見る。
蔵碓は表情を強張らせて説明を始めた。
「伏魔殿というのは坂弓の検非違使に伝わる隠語でな。坂弓高校の旧校舎の地下に施された封印のことを指す」
「……は? 旧校舎の地下に、封印?」
仁吉にとっては蔵碓の話も大概、脈絡のないものだあった。しかし泰伯は顔を青ざめさせている。旧校舎の地下、そして封印という言葉に心当たりがあったからだ。
それは前に旧校舎で見た鎖で閉ざされ札がびっしりと張り巡らされていた隠し部屋の存在である。その時の泰伯はまるで『水滸伝』の伏魔殿のようだとと感じたのだ五本当にそう呼ばれているらしい。
「うむ。数十年ほど前に、そこに何か悪しき鬼を封じ込めた者がいるらしい。誰が何のためにそのようなことをしたのかは今もって謎なのだがな」
「検非違使じゃないのか?」
「どうも違うようでな。その上に、封印は強固で、かつ我々検非違使の扱い術式とはまるで異なるのでその奥を調べようにも迂闊なことは出来なくて、とりあえず現状維持ということになっている」
詳しいことは分からないが物騒な話だなと仁吉は思う。
「だけど蔵碓。そんなブラックボックスの鍵なんかもらってどうするんだ? 下手に明けるなんて、それこそパンドラの箱を開けるようなものだろ?」
「ああ。それは鍵というのがどういうものかにもよるが、しかしそういうものが存在するとなれば捨て置くことは出来ないな」
そう言って蔵碓は、騎礼との戦争とやらに協力すると仁吉に告げた。そして泰伯のほうも、ならば自分もと口にしたのである。
とりあえずこれで仁吉の軍は三人となった。




