the war
自分を追いかてきた騎礼を仁吉は冷ややかな目で睨む。
「別にお前は行き慣れてるんだろ? 適当に女の子たちに遊んでもらえばいいじゃないか?」
嫌味のこもった声だった。しかし騎礼はわざとらしく肩をすくめてそれを流す。
「いやぁ、なんか白けちまったし今日はもういいな」
「僕のせいで場が冷めたみたいに言うなよ。お前なら、あんなところに僕を連れて行ったらどうなるかくらい分かりきってたはずじゃないか」
「案外はまる可能性もあるだろ? ほら、『明烏』みたいによ」
「そうさせたいなら詰めが甘いぞ。大門で止められる心配がないならさっさと帰るに決まってるじゃないか」
それは堅物の若旦那が悪友に連れられて遊郭に来たところ、花魁にすっかり骨抜きにされてしまうという古典落語の演目である。
話の中で騙されたと気づいた若旦那は帰ると言い出すのだが、悪友はそこで、大門のところには見張りがいて夜が明けぬうちに出ようとすると咎められると嘘をついて逃げ道を塞ぐのだ。
しかし騎礼は特にそういうことをしなかったので仁吉としてもさっさと帰ることに躊躇いはなかった。いや、仁吉の場合は屈強な大男に止められたところで押し通って帰ってやろうと決めていたので、仮に騎礼が何か嘘をついたところで効き目はなかった。
「ま、非合法クラブの割に出入りはガバガバだからなあそこ。ちなみに一応聞くけど、チンコロしたりするか?」
「するかよ面倒くさい。勝手に酒呑んでランチキ騒ぎしてる分にはどうでもいいからな。俺の知ったことじゃないさ」
仁吉は声を荒げて吐き捨てる。蔵碓や紀恭のような真面目な性格の人間ならばまた違ったかもしれないが、仁吉にとっては他人が自分と関係ないところで何をしたとしても実害がなければどうでもいいのだ。
「ま、お前はそういう奴だよな。だから安心して連れてけるんだよ」
「……それで、何がしたかったんだよお前? 僕はてっきり、不八徳として喧嘩でも売りにきたのかと思ってたんだがな?」
「あぁ、それはまあいずれそうするつもりだったぜ?」
さらりと言われて仁吉は諦めきった顔をしている。不八徳と名乗って自分の前に現れた時からいずれそうなるだろうという予感はあり、ならば仕方がないとも思っていた。
「ならなんだ? どうせどっちか死ぬから最後の馬鹿騒ぎのつもりか?」
「ま、そんなところかもな。それに――」
にやりと口を歪めて笑う騎礼の顔はいかにも俗っぽく、何を言おうとしているか仁吉はおおよその察しがついた。
「死ぬならその前に女の一人くらい知っときたいだろ?」
そして騎礼は、ほとんど仁吉の予想通りの言葉を口にした。余計なお世話だ、と仁吉は小さくこぼした。
「なんだよ、強がるなって」
「うるさいな。というか、そういうのはどうでもいいから戦うならさっさとやれよ。明日だろうが明後日だろうが――なんなら今からだっていいぞ?」
「そういう訳にゃいかねぇよ。戦いを挑むとは言ったが、別にお前と一騎打ちがしたいんじゃないさ。俺がやりたいのは――戦争だよ」
「……戦争って、どういうことだよ?」
昨日の白斗山では騎兵隊に襲われたこともあり、騎礼もまた兵士を召喚する能力を持っているらしいことは分かる。しかし仁吉にはそんなものはない。
しかし騎礼はそこについてははぐらかして、
「ま、次の日曜日の朝九時に裏山の山頂に来いよ。なるべく異能持ちを多く集めてな」
「……なんだ? 味方連れてきていいのか?」
「つか、そうしなきゃ死ぬぜ」
あっさりと騎礼は言う。
「ちなみに、僕が逃げたりバックレたりしたらどうするつもりだ?」
「別にどうもしねえさ。だがまあ、付き合ってもらう身として景品くらいは用意しておくぜ。蔵碓に伝えろよ。伏魔殿の鍵をやる、ってな」
伏魔殿の鍵。それが何を指すのかは分からないが、騎礼はそれについては説明してはくれず、話し終えるとまた『ムルシエラゴ』のほうへと戻って行った。




