club“MURCIELAGO”_2
騎礼に連れて行かれたクラブ『ムルシエラゴ』の店内は、およそこの世のあらゆる騒音と歓声を詰め合わせたようにやかましかった。
ノリのいい音楽が四方に置かれたスピーカーから耳をつんざくほどに垂れ流されており、ミラーボールの照らすホールでは数多の人間が踊り狂っている。
誰も彼もが軽薄な格好をしており、制服姿の仁吉はとても浮いていた。
「よくこんなところに通えるな? 僕はもう音と光で頭がおかしくなりそうだぞ?」
「慣れたらなんてことねーよ。それよりほら、座れよ」
ホールの端のほうにある横長のソファに腰を落とすと騎礼は足を組んだ。
「一杯目くらいは奢ってやるよ。何飲む? 酒ならだいたいなんでもあるぜ」
「なんで飲む前提なんだ!?」
「年確なんかされねぇから安心しろって。“あな醜 賢しらをすと 酒飲まぬ 人をよく見ば 猿にかも似る”って言うだろ?」
「なんだよ、大伴旅人か?」
「それがさらっと出てくる奴はだいたい酒飲みだろ」
軽い調子で笑う騎礼を仁吉はひたすら、不愉快そうな顔で見ていた。その間に騎礼は通りがかった若い女の子を捕まえて一万円札を渡すと、奢るからカウンターから酒を持ってきてくれと頼んでおり、ついでに一緒に飲む段取りまで整えていたのである。
(……手慣れてるなこいつ)
そう思いながら騎礼は、何を頼むか早く決めろと急かし立ててくる。仁吉は苛立ったまま、
「……ハイボールのウイスキー抜きで」
と愛想なく答えた。要するに炭酸水である。
騎礼はつまらない奴、という顔をしていたが頼まれた女の子はくすくすと笑っていた。そしてバーカウンターのほうへ歩いていく。
「なるほどな。ああいうのも受けるのか。ま、場馴れしてなきゃ初心アピールするのも作戦としちゃ悪くない。なかなかあざといなお前」
「うるさいな!! だいたい、今の子からしていくつだよ? なんか未成年者に見えるんだけど?」
「だから、そーいうのは無粋っつうんだよ。踊る阿呆に見る阿呆、同じ阿呆なら踊らにゃ損々だ」
騎礼はソファに体重をかけてくつろぎながら、懐から煙草を取り出して堂々と吸い始める。その姿は非行学生そのものだった。こういう客がこの店にはごろごろいるのかと思うと仁吉は、
(……知り合いとかいなきゃいいな)
と心の底から思うのであった。
やがて先ほどの女の子がグラスを持って帰ってくる。その横にはさらに三人の女の子が増えていた。
「友達見つけたから連れてきちゃった。この子たちの分の飲み物もさっきのお金で払っちゃったけどよかったよね?」
「おーもちろん。んで、連れてきてくれたってことはもちろん一緒に飲んでくれんだよな?」
「もっちろーん!!」
そして二人の周囲には四人の女の子が、それぞれ仁吉と騎礼を挟んで座るという、まるでキャバクラのような状態になった。女の子たちはいずれも化粧をしており、服装も薄着で足を露出したり胸元を強調したけばけばしいものである。
これが普通の男子高校生ならば夢のようなひと時なのだろう。そう頭で理解しつつも仁吉は、自分の心の中をどう探っても――居心地が悪い、としか思えなかった。
周りの女の子たちは何かよく分からない話をしてきて、仁吉は適当に相槌を打ってはいるのだが、ただただ面倒くさいとしか思えなかった。
「こいつは俺のマブダチでさ。お堅いっつーか、頑固なところがあるんだ。だからほら、好きなだけグズグズにしてくれていいぜ」
無責任に騎礼は言う。
「えー、じゃあお持ち帰りしてもいい感じー?」
「普通にアリだよね。細身だけど体つきはしっかりしてるし、体力ありそうっていうかさ」
女の子たちは嬉々として仁吉を品定めしている。その会話から察するに、どうやら仁吉の評価はそれなりに高いようだ。
それは男としては喜ぶようことなのかもしれない。しかし仁吉はまるでそういう気分になれなかった。
仁吉はやがて苛立ちながら席を立つ。
そして騎礼を睨みつけた。
「悪いけど僕はこういう場で楽しめる性格じゃないらしい。誘うなら適性のある奴を選んでくれ」
そう言い残して騒がしいホールを後にする。
ただただ肌に合わない。そうとしか思えなかったのだが、階段を昇って地上に出た時、その後ろには自分を追いかけてきた騎礼の姿があった。