one soul from two hearts
六月二日、夕方。
仁吉は同じ保健委員の二年生、今津陵と夕飯を食べるために坂弓駅のあたりへ来ていた。
時刻は六時ごろである。ちょうど飯時であり繁華街のある坂弓市南側は賑わいを見せていた。待ち合わせはしたが二人とも休日であると言うのに学生服である。しかしそのことについてどちらも特に言及しなかった。
それでいて、二人ともそう口数が多いほうではないので仁吉がとりえあえずここはどうかと決めた店に陵が異論を挟まなかったのでそのままそのラーメン屋――家系ラーメンの店『三奈月』へ行くことになった。
お互いに注文を済ませて料理が来るのを待っている間も二人は無難に学校であった話や委員会の相談などをしている。あまり、気の合う先輩後輩でご飯を食べに来ているという感じはしない。お互いに付き合いで来た、というような無難な会話しかしていなかった。
しかし話しながら仁吉はふと、陵の様子がいつもと少し違うような気がした。
「……あの、陵くん。気のせいなら悪いんだけれど、もしかして何かあったかい?」
「――といいますと?」
陵は驚いたような顔をしながらも否定はしない。それは仁吉の問いかけを肯定したことになる。
「いや、悩んでいるというか、何かいつもと調子が違うような気がしてさ」
「……よくわかりますね。自分で言うのもなんですが、あまり感情は表に出ない性格だと思うのですが」
「そうだね。今津くんはいつも落ち着いているよ。だけど今日は……なんだろうね? 少しだけ、似てたからかな?」
「似ていた、ですか? 誰にです?」
そう聞かれて、仁吉は自分で口にしたくせに気まずそうな顔をする。しかし言ってしまった以上、はぐらかすことも出来ず正直に答えた。
「前に、池田くんと喧嘩してた時の君にだよ。あの時ほど露骨ではないけれど、今の今津くんを見てると何故かあの時のことを思い出してしまってね」
「……そう、ですか」
陵は声を重くしながらも否定しなかった。むしろ仁吉の言葉で自覚的になったのである。
陵は続く言葉を口に出せないでいた。しかし仁吉は急かすこともせず、
「まあ、もし聞いて欲しいなら聞くよ。でも、別に言いたくないならそれでいいさ」
とあっさりと言った。
「南方先輩は、こういう時にしつこく問いただしたりしないんですね?」
「しないよ。何故って、僕自身がそういうことをされるのが嫌だからね。あ、なんだい? もしかして綰さんにしつこく聞かれたりしたのかい?」
「ええ、まあそうですね。あの姉はがさつなくせに妙に目ざとくて、その上でしつこいんですよ」
陵が姉の綰に悪態を吐くのはいつものことだが、その愚痴っぽい言葉にも今日はどこか力がないように仁吉は感じた。
「南方先輩は――」
唐突に陵が問いかけてきた。仁吉は何だろうかと思いつつ真面目な顔をする。
「心が二つあって、その二つの心がまったく正反対の感情を有しているとなったら、どうしますか?」
「それは……なかなかに哲学的な質問だね」
仁吉は真剣に悩んだ。
「どちらの心も自分の本心で、そして両立しえないもので。けれど、どちらかを選ばなければならないとすれば、最後にそれを決定するものは何だと思いますか?」
「難しい質問だね。少し考えさせてくれ」
これは陵の真剣な悩みからくる問いかけだと分かったからこそ、仁吉も無難な答えを返す気にはなれなかった。
仁吉は自分の知識を動員して、これまでに見聞きした格言や小説などの文章を思い起こそうとする。しかしそれらの言葉はあくまでも他人の言葉であり、そういう回答をするのはよくないような気がした。どれだけ稚拙で、参考にならないとしても、自分の言葉で答えなければいけないような気がしたのである。
そして――。
「なら、殴り合ってみればどうだろうか?」
「――と、いいますと?」
仁吉の言葉は陵には分からなかった。しかし口にした仁吉も、思いついたことを話したのであるが、これでいいのだろうかという顔をしている。
「ええと、だからさ。どっちも自分の心で本心だって言うなら、二つの心を自分の中でぶつけて喧嘩してみるんだよ。それで勝ったほうが、きっと陵くんの本当の意味での本心なんじゃないかな……みたいな感じ、だね」
話しながら仁吉の口調はどんどんしどろもどろになっていく。自分でも何を話しているのか半分くらい分かっていない。しかし仁吉なりの誠意で真剣に考えた結果に出た言葉であり、陵もそれだけは分かっていた。
「わかりました。今度、試してみます」
陵は真面目な顔で感謝を示す。しかし、仁吉のほうがかえって申し訳ない気持ちになってしまった。
そのタイミングで二人の注文したラーメンが運ばれてきたので会話は一度やめてラーメンを食べることにした。
ラーメンを食べ終えると、二人は店の入り口のほうを見る。日曜日の夕方なので、仁吉たちが入った時にはなかった待機列ができており、早く席を空けるために二人は会計を済ませて席を出た。ちなみにここは仁吉のおごりである。
店を出ると、陵は先ほどの話を口にすることはもうなく、ご馳走になった礼を仁吉に言ってそのまま解散となった。
仁吉のほうも、特に夜遊びをしたいという性格でもないため真っすぐ帰路につく。
その道中、陵の言ったことを考えていた。
(二つの心、二つの本心、か――)
陵にとってのそれが何であるのかは分からないし詮索するつもりもないが、何か葛藤があるのだろう、ということだけは分かる。しかし、陵にとっては真剣な悩みであるのだろうが、仁吉にはそういった葛藤を抱けるということを羨ましく感じた。
とりわけここ二月ほど――宝珠が現れて戦うとなってからの仁吉は流されてばかりいる。陵の言葉を聞いた仁吉は改めて、どうにも自分は主体性とか本心というものが希薄な人間なのではないかという気がしていた。
といって、別にそれで困ることもないのだが――そういう心に熱量のある人間を羨ましいと思う気持ちもあるにはあるのだ。
そんなことを考えながら、気が付くと家が近くなっていた。自分の部屋に戻ったら本でも読もうかと考えていたのだが、玄関前に立っている相手を見て顔を強張らせた。
「おっす仁吉。ちょっと今から遊びにいこーぜ」
「……騎礼?」
仁吉の悪友であり、不八徳であるということが先日判明した金髪の男――相川騎礼が、腕を組んで仁吉の家の壁にもたれて不敵な笑みを浮かべていたのである。