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BARBAROI -鬼方の戦士は八徳を嗤う-  作者: ペンギンの下僕
chapter5“vanguard:king of *****”
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 奇襲を受けた鬼面の男は、してやられたと思うしかなかった。無論、始めは蒼天たちに対して警戒はしていたのだがいつの間にか馬鹿馬鹿しさへの呆れと苛立ちから周囲への警戒を怠ってしまっていたのである。

 しかし今にして思えば太鼓の音響も炬火の派手さも、すべては伏兵の迂回を悟らせぬためのものだったと考えれば納得がいく。

 何よりも業腹なのは、そういった思惑を一切分からせないように、ただひたすら自分の前で無防備を晒して道化に徹していた蒼天と龍煇丸を、場を弁えぬ阿呆と断じてしまった自分である。


「――くそ、五騎残して後は後方に当たれ。不意の敵襲とは言えど、まだ奴らが駆け上がってくるまで時はある」


 その煮え湯を苛立ちながら飲み干しつつもまだ鬼面の男にはいくらかの落ち着きがあった。

 背後からの急襲は、その軍が圧倒的な力を誇るか、もしくは前方に奇襲に呼応する軍がいることで始めて戦果となる。今の蒼天は不意を突くことには成功したがそこにいるのは雑兵だけであり、蒼天と龍煇丸が駆け上ってくる前に後方の敵を処理すれば問題ない。

 鬼面の男はそう見ており、それは間違いではなかった。

 ただしそれは――鬼面の男の騎兵隊を襲ったのが、本当にただの雑兵だけで構成された軍であったならばの話である。

 攻め手の威勢があまりにも盛んだった。

 蒼天たちから視線を外すのは危険と思いつつ、崖の中腹を見ていてふと気づいたことがある。

 そこにはいつの間にか龍煇丸の姿がなかった。

 まさかと思い振り返ると、背後にはトンファーを手にして獅子奮迅の勇姿を見せる龍煇丸の姿がそこにあったのだ。

 鬼面の男と眼が合った瞬間、龍煇丸は舌打ちをした。


「なんだ、あと十秒くらい気づかなけりゃそのまま紐無しフリーフォールさせてやったんだけどな」

「……どういう絡繰だ?」


 鬼面の男は苦虫を噛み潰したような声で唸った。

 しかし龍煇丸は、さてねと肩を小さくすくめる。


「こーいう形に持ち込める、って蒼天が言ったんだよ。だからそのために全力でふざけろってさ。じゃあもうやるしかないじゃん?」

「……正気かお前? あの瞬間にこちらが矢の一本でも打ち込めばお前たちは死んでいたんだぞ?」

「ま、そーだね。だけどお前はしなかったし、させなかった。そしてその理由も分かるよ」


 龍煇丸は不敵に笑う。それは彼女が戦いの中で見せるのと同じくらいに愉悦に満ちたものであった。


「俺たちが本気で馬鹿騒ぎしてたからさ。もしそこに演技みたいなわざとらしさや心の奥に隠した警戒心みてーなものを持ってたらお前はきっと指揮官っぽく振る舞ってたんだろーぜ」


 龍煇丸の言葉に鬼面の男は、目つきだけを細めて龍煇丸を睨む。しかしその睥睨こそが楽しいのだと煽るように龍煇丸も笑い返した。


「蒼天はこの作戦の要は、仮にお前が冗談通じない奴で、容赦なく殺しに来たらそれまでと諦める。その上で、そんなシリアス脳の堅物でも馬鹿馬鹿しくなるくらいに心の底からふざけ倒すことだっつってたよ。つまりさ――お前は、頭の出来と覚悟の二つで蒼天に負けたってこと」


 龍煇丸はわざとらしく大仰に、左手でこめかみをつついて笑う。そこには鬼面の男を挑発して冷静さを失わせることと――蒼天への称賛があった。


「つーわけで、大人しくそのダサい面とって降伏しろよ。今ならまあ悪いようにゃしないぜ?」

「……ふざけるな。誰が!!」

「なんだよ? これでも俺にしちゃ優しいほうだぜ? だって、俺とお前が一騎打ちすりゃ百回やってもお前に勝ち目はゼロなんだ。それとも何? 部下は全員見捨てて自分だけ逃げる?」


 それは龍煇丸にとっては何の気のない――もし頭にきて吶喊してくれればいいな、というくらいの安い挑発でしかなかった。

 蒼天と悌誉からは、可能な限り生かして捕らえろと言われている。しかし龍煇丸の本心は、少しでもやりがいのある相手ならば戦ってみたいというものであり、その欲望には逆らえない。

 しかし二人にはここまでついてきてもらった義理もある。だから、仕方がなかった(・・・・・・・)ことにしたい(・・・・・・)のだ(・・)

 そして、そういう意味であれば龍煇丸の言葉は効果覿面である。鬼面の男は、顔を隠したままでも察せられるほどに激昂していた。

 鬼面の男が腰に佩いた剣を抜き放つ。龍煇丸はそれを、待ってましたとばかりに歓迎する笑みで見つめた。

 だがその時、龍煇丸の鼻腔を甘い香りがつつく。

 まだ人生経験の浅い龍煇丸はそれを何に例えていいか分からないまま、ただただ気持ちのよい香りだと認識した。

 そして、その一瞬の陶酔に浸っている間に、鬼面の男は龍煇丸の前からその姿を消していたのである。

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