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BARBAROI -鬼方の戦士は八徳を嗤う-  作者: ペンギンの下僕
chapter1“*e a*e *igh* un***tue”
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she is hostess of barbaroi

 蛇の怪物を倒した後の仁吉には障害となるような敵は現れなかった。拍子抜けしてしまうほどすんなりと屋上までたどり着く。

 そこには、日本刀を腰に佩いた御影信姫がいた。

 夕方の風に長い髪をたなびかせ、友を迎えるような優しい笑みを仁吉に向けている。


「……どうにも、調子が狂うね」


 始業式の夜もそうだったが、信姫は一度も仁吉に敵意や殺意といった感情を向けていない。

 それは仁吉がそれを感受出来ていないだけで、優美な仮面の裏に悪意の刃を隠しているだけなのかもしれないが、どうしても仁吉にはそう思えなかった。


「いいではないですか。前にも言ったでしょう? クラスメイト同士、仲良くしましょうと」

「……そうだね。ならまずは、仁美と聖火を返してもらおうか」

「そうですね。そろそろ、怪異騒動も一段落したようですのでいいでしょう」


 そう言って信姫は右手を前に出す。

 その手のひらに光の玉が生まれ、段々と大きくなったその中から、意識を失った二人が現れた。


「少し眠っていただいただけなのでご安心を。起きたら、適当に誤魔化しておいてくださいね」


 二人に近寄って、怪我などがないことを確認すると仁吉は二人を優しく地面に寝かせた。


「……どうやら、本当みたいだね」

「ええ、だから言ったではないですか。安全な場所で保護しているとね。あんなものに襲われることを考えればこのほうがよかったでしょう?」


 それはそうだと、先ほど戦った蛇の怪物を思い出して仁吉は思う。

 あんな怪物に遇えば二人にはどうしようもなかったろうし、奇跡が起きて命が助かったとしても心にトラウマを負うことになっただろう。

 だからといって、素直に信姫に感謝する気になるかはまた別の問題だった。


「結果としてはそうだね。けど、大事なことを聞いていないよ。――あの怪物はなんだ?」

「あれは怪異と呼ばれるものです。旧校舎の封印が緩んだことで押さえつけていた魔力が噴出し、それを呼び水としてそれまで眠っていたモノたちが目を覚ましたのでしょう」

「旧校舎の封印?」

「ええ。あそこは文字通りの伏魔殿でしてね。その底には鬼が棲んでいるのですよ」

「その封印とやらが緩んだのが原因、というわけか。――破った、の間違いじゃなくてかい?」

「ふふふ、慧眼ですね。ええ、すいません。言い間違えました。あの中にある物が“彼女”の願いのために必要でしたので」


 悪びれず、それどころか他愛ない会話に口元を綻ばせるように笑う信姫を前にして、仁吉の感情は一瞬で怒りに染まった。

 飛びかかり、右手の鉤爪で信姫に切りかかる。


「あらあら、物騒ですね。こんな手弱女(たおやめ)に牙を向けるなんて。死んでしまったらどうするのですか?」


 いつの間にか腰から抜き放たれていた刀でそれを悠然と受け止めて信姫は笑う。いかに剣道部の部長と言えど普段から鍛えている仁吉が相手では男女の差も相まって腕力の差は歴然のはずだが、信姫はそれを苦にする様子もない。


「ターグウェイを一刀で倒した君にそんな心配はいらないだろう?」

「人を悪来(あくらい)のように言わないでください。これでもか弱い箱入り乙女ですので、本より重い物など持ったことがないのですよ?」

「ウレタンか何かで出来てるのかその日本刀は!?」

「ふふふ、意地の悪い人ですね南方くんは。女性の嘘には騙されておくのがモテる男子の秘訣ですよ」

「じゃあ!! もう少し!! 巧い嘘をついてくれ!!」


 叫びながら、仁吉は両手の鉤爪を駆使して何度も信姫に切りかかる。しかしそのいずれもが、信姫の刀であっさりと受け流されていた。


「君は何なんだ!? 旧校舎の封印とやらを解いて、何をしようとしている?」

「何と言われましても困りますね。私は、どこにでもいるただの女子高生ですよ」


 そう言いながら信姫は目に見えぬ速さで鉤爪を弾いて仁吉の両腕をはね上げ、空いていた左手を仁吉の胸の辺りにかざす。


「東方、春来、歳星、聳孤(しょうこ)、木より生まれし(ほむら)の檻」


 信姫の左手から炎が生じる。

 それはやがて何本もの杭のようになって仁吉の体に刺さった。炎の杭の刺さっている部位を仁吉は動かすことが出来ず、信姫の前で無防備を晒すこととなった。


「く……そういうのもあるのか。ちょっとずるくはないかな?」

「こんなのは五行の術のうち、初歩の初歩です。私よりも五行に長けた人は普通にいますよ」

「それは……なんともおっかないね」


 普通に会話をしてはいるが、仁吉にはもうなす術はない。それでも仁吉がまだ冷静でいられるのは、動きを封じた途端に信姫が刀を納めたからだ。


「……余裕だね。僕なんて、殺すまでもないというわけかい?」

「そういう台詞は命よりも誇りを重んじる人の言うものですよ」

「……それもそうか」


 内心を見透かされているようで癪ではあったが、信姫の言葉は正しい。仁吉は別に武士のような高潔な精神など持ち合わせてはいないし、ただ自分の生き死にだけだけの話であれば、命を優先する。


「ですが、そうですね。せっかく、南方くんの覚醒も見られたことですし、一つだけ貴方の質問に真剣に答えてあげましょう」

「君は何者か、というやつかな? それとも旧校舎の封印を解いた理由かい?」

「前者ですよ。怨み、悔恨、渇望、祈り。満たされぬ想いを抱えたまま非業の死を迎えた鬼たち――不八徳(ふはちとく)。彼らを束ねる頭目が私です」


 **


chapter1“we are eight unvirtue”

博愛を嗤い

欲を貪り

(ならい)を踏みつけ

学を怠り

主に叛き

誓いを忘れ

親を殺し

兄を捨てる


道を外れし 八つの魂

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