使罪人三行、遂自剄也
仁吉と泰伯がまだ茂みに隠れていた時である。
蒼天たちは入り組んだ地下を歩いているうちに崖の中腹あたりに出口の一つがあるのに気づいた。そこからひっそり外の様子をうかがうと、崖上に鬼面を被った男が騎兵隊を率いて陣取っているのが見えた。
状況は何一つ分からないが、蒼天と龍煇丸は鬼面の男を敵と判断した。
龍煇丸曰く、
「いかにも胡散くさいし、検非違使にあんな奴いないから敵でいいだろ?」
というざっくりとしたものであり、蒼天のほうは、
「雰囲気が好かぬ。だいたい、ああして顔を隠しているあたりやましいことがあるに違いなかろう」
とより偏見の籠もった意見を述べた。
悌誉は二人の感想には困ったような顔をしたが、敵だと判断すること自体は否定しない。というよりも、そう考えて動くのがこの場での最善だと考えたのだ。
「で、どうする? とりあえず攻めるか?」
龍煇丸は安直に言った。
「このあほたわけ!! 高所を取られとるのにそんな無謀なことをするでない!! それにあの鬼面の男がどんな能力を持っとるかも分からんのじゃぞ!!」
蒼天にそう言われて龍煇丸はつまらさなさそうに口を曲げる。こういう立案に龍煇丸は向かないと判断して蒼天は悌誉と相談した。
無難な策としては蒼天の能力で兵士を生み出して、崖を迂回し騎馬隊の背後を突くというものである。
しかし崖から側道を通ってチャリオットで迂回するというのは――蒼天の生み出す兵士たちは異能のそれなので出来なくはないが、露見しないようにするというのが難点である。
「なあ蒼天。兵士って遠くに狙って出したり出来ないのか?」
「無理じゃの。基本的に余の近くにしか召喚出来ぬ。といって、流石に崖をチャリオットで駆け上がるのは無理じゃし、かといって側道を愚直に攻め上るのも下策じゃ」
悌誉は頷く。全くの同意見であった。
「いい案はないかの悌誉姉? こういい感じに……敵にバレずに兵を背後に回す方法は」
「……一つ、思い出したことはある。私というよりも伍子胥が、かつて敵将にやられたことなんだがな」
「ほう、なんじゃ?」
「策――と呼ぶにはあまりにも奇想天外なんだがな。その将は罪人を敵陣の前に並べ立てて次々と自刎させ続けた」
「……は?」
あまりに予想外な言葉だったので蒼天は思わず間の抜けた顔になってしまった。
「なんでそんな意味不明なことしたの?」
龍煇丸は当然の疑問としてそう聞いた。しかし蒼天は最初こそ驚いていたがやがてその意図を理解したようである。
「のう龍煇丸よ。もしもおぬしの眼前で敵がひたすらそんな行動をしたらどうする?」
「ええー? どうしよね?」
そもそもその情景があまり想像しにくいらしく龍煇丸は困ったような顔をした。
「止めるか?」
「いや別に。だって敵だし、しかも勝手に死んでくんでしょ?」
「なら、攻撃するかの?」
「たぶんそんな気にならないと思うよ」
「ということは――戦いの最中にあって、敵がこちらをただ漫然と眺めている時間が生じるということではないか」
そう言われて龍煇丸も理解した。
事実、その将は罪人の自決劇で油断を誘い、その間に兵を動かして敵陣を強襲して勝利を収めたのである。
「よし、悌誉姉には悪いがその策いただこう」
「んー何? 蒼天の兵士に集団自殺ショーでもさせるの?」
「まさか。過去の成功例をそのまま再現するなど愚の骨頂じゃ。戦は水物じゃからの」
「なんだ。らしいことを言うじゃないか?」
悌誉は驚きながら称賛を口にした。
「ま、我が師の受け売りじゃからの。余は再びの生を得ても未だその足元にさえ及ばぬが、しかし受けた教えは余の中に生きておる」
「お前――というか、荘王の師となると誰になるんだ? 申叔時か孫叔敖になるのか?」
悌誉はかつての荘王の臣の名を挙げた。しかし蒼天は首を横に振る。
「いいや、蔿賈じゃ。余はかつての生において蔿賈と士会の他に名将と呼べる者を知らぬ」
蒼天の挙げた人物のうち、蔿賈は荘王の臣だが士会は敵国の大臣である。士会もまた名将の誉れ高い人物であり、両者を比肩したのは、敵国の名将に自分の臣も引けを取らないという対抗心でもあり、同時に自分の誇る臣下に匹敵する才知が敵にもあったという称賛でもあった。
そういった言外の含みを悌誉は感じ取っていたが、中国古代史などまるで分からない龍煇丸にとってはただただ意味不明の会話である。
「んで、結局どーすんの?」
龍煇丸は投げやりに聞いた。その問いかけに蒼天はにやりと笑う。
「決まっておろう。馬鹿騒ぎじゃ!!」
そして――敵前で空気も読まずに騒ぎ倒すという策が決行されたのである。