battle fire
白斗山のあちこちで激戦が繰り広げられている頃。
蒼天、龍煇丸、悌誉の三人と蒼天が喚び出した痩身の男はようやく地下室の書簡をほぼほぼ読み終えていた。
作業をしていたのは四人だが、大半は痩身の男が読んだのである。書簡は草書で書かれており、しかも漢文であるため蒼天たち三人は読むのに詰まってしまったのだ。
それでも前世の知識や趣味の延長で、遅いながらも読むには読める蒼天と悌誉はまだましなほうであり、龍煇丸はスマートフォンで調べながら、蒼天が五巻読む間にようやく一巻という有様である。
しかしその蒼天にしても、自分が一巻を読み終える間に痩身の男は五巻は読んでおり、しかも読み終えるたびに鷹のような鋭い目つきで睨まれるので蒼天は胃をきりきりとさせていた。
それに加えて、薄暗い場所で長時間、ひたすら活字と向き合っていたので三人とも段々と集中力が途切れてきていた。蒼天はそれでも痩身の男が無言の圧で訴えかけてくるので気を引き締めていたが、龍輝丸は飽き始めると書簡を積んで遊び始めるし、悌誉のほうも書いてある名前を見ながら、何と読むのだろうかとか、自分と同じ字が名前に使われているな、などとどうでもいいことを気にしだすようになってきていた。
「ところでさー、アンタ喋れないの?」
龍煇丸が痩身の男の肩に手を置いて聞く。痩身の男はやはり目つきを険しくして龍煇丸を見たが龍煇丸は特に気にする様子はない。
「の、のう龍輝丸よ。その……あまりそ奴を怒らせるでない」
蒼天はひやひやしながら龍輝丸を見た。
「えー、でもこいつ蒼天の舎弟みたいなもんなんだろ? それとも何、切れたら怖いとか?」
「そうじゃなくての……そやつは…………」
と言った途端、龍輝丸の体は急に崩れ落ちた。先ほどまでそこにいた痩身の男が煙のように蒸発したのである。
「その……余に不満があると、すぐに故郷に帰ってしまうので…………」
「忠誠心とかないの? 犬でも三日飼えば恩を忘れないって言うぜ?」
龍輝丸は口をへの字に曲げた。しかし、今まさに自分の臣下にへそを曲げられてしまった蒼天のほうが諦めたような顔をしている。
「まあ、あやつは昔からそうであったからの。まあ今回の件は……余がいきなりたたき起こしたのもあるし、あとは――」
「ん、なんだ?」
蒼天は遠慮気味に悌誉のほうを見る。急に見られて悌誉は蒼天を見つめ返した。しかし蒼天のほうは言おうとした言葉をとめて、なんでもないと口を濁す。
「言いたくないならそれでいいんだけどな。どうするんだ? あの御仁が帰られてしまったとなっては、何のために手伝っていただいたか分からないじゃないか」
悌誉は至極もっともなことを言った。しかし蒼天はそこは心配している様子はない。
蒼天は先ほどまで痩身の男が座っていたところに向かう。そこには、最初からこの場にあったのとは違う、真新しい書簡が十冊ほど積んであった。痩身の男が要点を纏めておいてくれたものらしい。
それを見た悌誉は、あの痩身の男が有能な官吏であっただろうことは容易に想像がついた。同時に、蒼天の前世――荘王の麾下でこれだけの処理能力を持つ人物となると、あの痩身の人物が誰であったのかも想像がついたのである。
「さて、では――これを解読するかの!!」
蒼天は痩身の男が残した書簡を手に取って叫ぶ。当然のようにその書簡も漢籍で書かれている。それも紀元前の中国南方、楚の文字だ。今では一括りに中国と言っているが、古代ともなると各地によって文字や言語もまるで異なる。鬼方士の書簡はまだどうにか読めるものであったが、こうなると龍輝丸と悌誉にとってはお手上げである。
悌誉の場合は前世の知識を活用すれば読める余地はあるのだが、悌誉の魂は今もって怨讐に囚われており、“鬼名”にはなるべく近しみたくないという想いもある。必然的にその解読は蒼天に委ねられた。
二人に見つめられた蒼天は、
「……その、帰ってからでもいいかの?」
と弱気な声を出した。悌誉は頷いたが龍輝丸のほうは――険しい顔をして天井を見上げていた。
「まあ俺もそれでいいよ。――無事に帰れたら、だけどな」
急に物騒なことを言い出す。しかし龍輝丸は、そこで緊張をほぐすように笑った。
「まあ、家に帰るまでが遠足って言うだろ?」
これまでは地下であることと、書簡に気が行っていたので分からなかったのだが、戦闘を好む龍輝丸の嗅覚は今この白斗山のあちこちで激しい戦いが繰り広げられていることを感じ取っていたのだ。




