先処戦地、而待敵者佚
騎礼の召喚したらしい騎兵隊に囲まれた仁吉と泰伯は仕方なく背中合わせで周囲を警戒することにした。
木々の合間から見える兵士たちはいずれも弓を構えていて、腰には剣を佩いている。その服装はモンゴル風ではなく、三国志などの中国系の軍記物に登場しそうな感じであった。
「騎礼の奴を追うにしろ、山頂を目指すにしろ、まずはこの場を越えなきゃいけないわけか」
仁吉が重苦しい声で言う。
「そうですね。まあ、なんとかなりますよ」
泰伯は軽い調子である。しかし仁吉はその危機感のなさに呆れていた。
「あのな、勝ち負けで言うなら僕たちはもう負けてるんだよ。あいつは最初から僕らをここに誘導して、話してる間に囲んで足止めするのが目的だったんだろうからな」
「ああ、そう言われると――そうなるんですかね?」
『“先に戦地に処りて敵を待つ者は佚し、後れて戦地に処りて戦いに趨く者は労す。ゆえに善く戦う者は人を致して人に致されず”、だな。基本をよく弁えている』
その言葉――いや、それそのものは『孫子』の一節なのだが、口調に泰伯は眉をひそめた。声は仁吉のそれなのだが、どうにも普段の仁吉とまったく違うような気がしたのだ。
しかし振り返るわけにもいかず、泰伯は大丈夫ですかと小さく聞いた。そして仁吉は、その時にはもういつものとげとげしい口調で、何がだよと返してきたので泰伯は多少の困惑を残しつつもひとまず安堵した。
「しかし、向こうはなかなか仕掛けてきませんね?」
「そりゃあっちにしてみれば足止めが目的なんだからわざわざ攻撃する理由はないだろ」
「ならこちらから攻めますか?」
泰伯に聞かれて仁吉は少し考え込む。
出来れば攻め込ませたいというのが仁吉の本音である。戦いの中で最も隙が生じるのは攻める時であり、微動だにせずひたすらに警戒している相手に真っ向から攻めるというのは難しい。
まして、ぐるりと包囲されていて相手が全員飛び道具を持っている現状ならばなおさらだ。
しかしどう考えてもそれは難しそうである。
仁吉は渋々と泰伯の提案に頷いた。そして、お互いに正面を向いて攻めようという。そうなればまだ弓の狙いが半分に減るからだ。
二人は合図をして同時に走り出す。
一斉に矢が放たれた。泰伯は“南風黒旋”で切り払いながら前に進む。
しかし仁吉は、足を止めて骨喰から風の刃を飛ばすと、そのまま体を回転させて地面を蹴った。仁吉の体が目にも止まらぬ速さで動く。
泰伯の正面にいる兵士が泰伯に二の矢を放つより早く、仁吉はその兵士を骨喰で引き裂いた。
その瞬間、左右から矢が放たれる。
しかしその矢が仁吉に届く前に、泰伯は無斬を振るい矢を斬り落とす。
包囲網は容易く崩れた。兵士たちは馬を駆って二人に迫ってくる。しかし二人は周囲の木々を楯のようにして使い、その射線に入らないように立ち回った。
ならば、と兵士たちは攻め方を変える。
刃が鞘から抜き放たれる鋭い音がした。剣を手にした兵士たちが馬上から斬りかかってくる。
泰伯が刃に黒い、風のような魔力を纏わせる。仁吉はさっとしゃがんだ。その上を漆黒の颶風が走り、迫りくる五人の騎兵をあっという間に横薙ぎにする。
すかさず周囲の騎兵が泰伯目掛けて矢を放つ。しかしそれは風の刃にはたき落とされ、しかも矢を放った兵士たちはいつの間にか首と胴が泣き別れていた。仁吉が俊敏に動き回って骨喰で裂き落としたのである。
これで残る兵士は十人ほどになった。
「軍記物とかなら、これくらいやれば蜘蛛の子を散らすように敗走するというのがお約束なんですけどね」
「言いたいことはまあ分かるよ。そうならないのが異能で召喚された兵だからなのか、それともこいつらが勤勉だからなのかは分からないけどな」
泰伯の言葉に仁吉は真面目な顔で返す。その間にも兵士たちは迫ってきていた。しかし、いかに相手が騎乗しているといえど近接戦闘は二人の得手である。
泰伯は黒い魔力の刃を振るい、仁吉は木々の間を飛び移りながら骨喰で敵を裂く。それで残っている兵士はいなくなった。